第40話 奴隷、参戦する
聞いたこともない魔法だ。
錬金術と魔法のハイブリッドなのだろうが、ここまで精巧なものを復元できるのか、と疑う心も芽生えてくる。
「錬金魔法とはなんだ」
「神樹の森のエルフの中に、錬金術を進化させようと試みた者がいたんです。欠損した部位を復元しようと。体の一部を核にして、部位を復元するのですが、ここまで精巧なものではありませんでした」
「流石にエルフが関係しているとは思えないが、考慮する必要はありそうだな」
「……そうですね」
今の話の錬金魔法なら、このケインの体にも、核となるものがあるはずだ。それにただの錬金魔法とやらだけでは、この自我に似た魔法を発現させることはできないものと思われる。俺の予想どおりなら、転生魔法の、記憶切り離しに似た魔法式も組み込まれているはずだ。
そうなると、アルス・ディットランドが関係している線が濃くなる。だが、それではアルスが生き返ったことと、この件は別の話になってしまう。
「一応聞いておくが、アルスから血が出たのを見たか?」
「はい。最後に見たのは三年くらい前だと思いますが、手に怪我をされた時に血が流れるのを、この目で確認しています」
やはり、アルスはこの器ではないということだ。
この器には関係ありそうだが、そうなると、手を貸している者がいるということになる。十年以上前から邪教が各国に勢力を拡大していたのは確実で、その時にアルス一人でどうこうできるとは思えない。第一、俺は錬金魔法なんて知らないし、たかが数年で、転生魔法の一部を応用してこんなものを作れる自信はない。
「核があるのなら、それを壊しても魔法を無効にできるな」
「これが、私が知る錬金魔法、ならですけど」
「まあ、それは皆の前で証明させればいい。フィーエル、全員を呼び戻してくれ」
フィーエルが出てゆき、ケインと二人だけとなった天幕。
今得た情報を整理していると、ザラザラとした嫌な胸騒ぎが起こる。
転生魔法に酷似した魔法を使用していることで、何かしらアルスが関与しているのは間違いない。だが、アルスが中心なのか、それとも利用されているのか、それがわからない。中心のようで、時系列的には中心からズレているように思える。
それに加え、この錬金魔法という存在が、もっと危険な道に進んでいそうな予感がしてならない。
「ウォルスさん、連れてきましたよ」
フィーエルの後ろには、さっきのメンツ以外に、新たに魔法師と思しき人物が、二人加わっている。
その魔力からして、ここの魔法師を統括している者で間違いない、と俺は何も言わず中へと入れた。
「もう解決したというのか、流石はゴブリンゾンビを討伐しただけのことはある」と騎士団長が大声で言う。
「まあ、一応調べ終わった。倒す方法は二つあるが、まだ一つは推定でしかない」
「一つが確定しているのなら、何も問題はあるまい」
「確定か……それもそちらの魔法師の力にかかっている」と俺は魔法師二人を挑発するように言う。
騎士団長が魔法師二人に顔を向けると、魔法師は俺に対し、敵意という、実にわかりやすい態度を見せ、俺の前へとやってきた。
近くへ来ると、魔法師とは思えない立派な体格が、さらに威圧的に感じる。
「我々の力を甘くみてもらっては困る」
「そうか、悪かったな」と俺はケインの髪の毛を掴み上げ、魔法師二人にその顔を見せつける。
「こいつは死人でもなんでもない。魔法によって作られた人形だ。幾つかの魔法で構成されているだろうが、そのうち、水属性無効魔法は有効だろう、という結論に至った。お前たちにはこの男に水属性無効魔法をかけて、本当に効くか試してもらいたい」
俺はできるんだろう、という目を彼らに向けてさらに挑発する。
仮にできなければ、この仮定の話の責任は、この二人にいくだけだ。
「……当然だ。時間はもらうがな」
魔法師は騎士団長に確認を取ると、ケインを挟むように左右に別れ、輪唱詠唱を開始した。二人以上で魔法を輪唱することによって、個人では困難な魔法を行使する技だ。
単属性無効魔法でも、それだけ難しい魔法だということがよくわかる光景だ。
「それで、さっき言っていたもう一つの方法なのだが、教えてもらえるのかな」
騎士団長が、魔法師の二人を誇らしげに見つめ、俺に尋ねてくる。
この二人の魔法師は魔力はそこそこあるが、肝心の魔法力がイマイチで、その魔力を上手く扱えていないのだが、騎士団長にはそれがわからないのだろう。
「それも、その二人が魔法を成功させればわかる。おそらくだが、魔法の核となるものが出てくるはずだ。それを壊せば、魔法がなくともあの人形を壊せるはずだ」
「では、ゴブリンゾンビも、それを壊して倒したと?」
「一瞬で粉砕したから確認はしてないが、たぶんそうだろうな」
「そうかそうか、それは楽しみだ」
満足げな表情を見せる騎士団長。
だが、それを詠唱の間観察し続けると、徐々に崩れてくる。
魔法師がなかなか魔法を行使できないことに、イライラが募ってきているのだろう。
「もうすぐ発動するか」
俺が声をかけた瞬間、ケインの体が膨れ上がり、一気に爆発した。
銀色の液体をばら撒き、その中心に細長い骨が一本だけ残った。
「これが、これが人形の正体だというのか!?」
騎士団長が後退りし、セレティアたちも言葉を失っている中、俺はその残った骨を拾い上げ、そこに刻まれている魔法式を確認した。
「半分は知らないものか……だが残りはこれか」
半分はやはり転生魔法の、記憶に関する部分に酷似していた。だが、それも魔法無効によってすぐに霧散してしまった。
「この骨が、この魔法の核となったものだ。おそらく、属性無効魔法がなくとも、これを直接粉々にすれば、不死の人形は不死ではなくなる」
「全員、この肋骨程度の大きさの骨が核なのか」
騎士団長は骨を手にし、眉間にシワを寄せる。
「おそらくは。大きくする必要はないし、ただのリスクにしかならない」
倒す方法がわかっても、この骨をピンポイントで砕くのは至難の業。
属性無効魔法も時間がかかりすぎて、戦場においては役立たずなのは既に理解しているはずだ。
希望が見えながらも、カサンドラ軍が絶望の縁に立たされている現状は変わらない。
重苦しい空気の中、そんな空気をかき消すように、一人の兵士が天幕に飛び込んできた。
兵士は息を切らし、片膝を突くと、地面から顔を上げず喋り始める。
「報告いたします。ただいま、カイネリ平原にレイン王国が侵攻を開始しました。その数、およそ一万二〇〇〇。率いているのは、ブロアーネ将軍。その他にも、不死と思われる騎士多数との情報あり」
騎士団長はただの銀色の液体になったケインに目をやり、下唇を噛んだ。
「カラクリがわかったとはいえ、まだ士気が低下したままの状態では……」と、なぜか俺に顔を向けてきた。
「俺にそんな目を向けられても困る」
「だが、ムラージからその戦闘力については聞いている。どうか力を貸してはくれぬか」
「それなら俺じゃなく、そこの王女殿下と交渉するほうがいい」
俺から突然振られても、微動だにしないセレティアは、少し考えた素振りを見せたあと、軽く首を横に振る。
「これ以上、他国の争いに首を突っ込むのも、どうかと思うわね――――こちらにもメリットがあればいいのだけど」
「――――メリット、とは?」
食いついた騎士団長を見て、セレティアは軽く咳払いをすると、冒険者ではなく、王女としての顔つきになる。
「カサンドラ軍を指揮しているのは誰なのかしら」
「マムート・カルギリス殿下だが……」
「なら、そのカルギリス殿下に、ユーレシア王国と、軍事同盟の仮契約を結んでもらう、というのはどうかしら。引き換えに、そこのウォルスに、ブロアーネ将軍の首を取らせるわよ」
ブロアーネ将軍というのは、トマスが言っていた、一度倒れたという将軍のことで間違いないだろう。その不死の将軍が原因で、レイン王国は勢いづき、カサンドラ軍の士気が低下しているという話だ。
「一人で首を取れるというのか。ブロアーネは強く、敵陣営の奥深くにいるのだぞ」
「俺のことなら心配いらない。今は、その条件を呑むか呑まないか、それだけだ」
騎士団長は魔法師の二人、騎士の三人、さらにムラージの顔を順々に見てゆくと、決心をつけるように自分の胸を一度強く叩いた。
「わかった。わしが、その条件を殿下に伝えよう」