第45話 奴隷、天才だと知る
「あら、もう調べ物は済んだの?」
人も物も何もない爆心地に現れたのは、涼しい顔のセレティアとフィーエルだった。
戦闘をした様子もなく、息の一つも切れていない二人は、対照的な表情で俺の下へ近づいてくる。
セレティアは満足げな表情で、その隣ではフィーエルが心配そうな表情で俺を見つめてくる。
「二人とも無事だったか」
「何のこと? 王立大書物庫で何かあったの?」
話が噛み合わないため、俺は目の前の穴を指差した。
「すみません。それは、その、魔法の鍛錬中の事故なんです」とフィーエルが頭を下げる。
事故……フィーエルにしては珍しい。
何でも卒なくこなし、特に魔法に関しては、失敗を目にしたことはほとんどない。
「今すぐ、元に戻しますから」とフィーエルはすぐさま風属性と、水属性の魔法を発動させる。
穴がみるみる埋められてゆき、木々は自己治癒力を高められ、徐々に元気を取り戻してゆく。
完全に元に戻るというわけにはいかず、多少周りとは風景違って見えるが、そこは注視しないとわからないだろう。
「フィーエルのような魔法師でも、失敗することがあるんだな」と俺は他人行儀な言い方をした。
「何言ってるのよ、これは私がしたのよ」
自慢するようにふんぞり返り、俺に褒めろとばかりに近寄ってくるセレティア。
フィーエルも魔法を行使しながら頷き、セレティアの発言を肯定している。
だが、俺は信じられなかった。
「この威力は、二等級魔法レベルじゃないのか?」
知らないフリをして尋ねたが、これは間違いなく二等級魔法で、その中でもかなり威力が強い部類のものだ。それをここまで再現するとなると、相当緻密な魔法力を要求される。
「凄い魔法力に、魔力も相当いると思うんだが」
「褒めてもいいのよ。いえ、素直に褒めなさいよ」
「褒める以前に、信じられないんだが」
「…………」
セレティアは頬を膨らませ背を向ける。
二等級魔法まではいけるとは思っていたが、いくらなんでも早すぎる。
俺の中では、ポンコツ王女のままなんだが……。
「慣れないうちに、大きな魔法を使うのは体に悪いんじゃないか?」
「大丈夫よ。魔法が使えないウォルスにはわからないでしょうけど」
何をすれば、ここまで急速に成長するのか……あまりに急激な変化はいい結果を生まない。そのことに胸がざわつき、一向に戻らない。
「とりあえず、今はこの場を離れましょう。もうすぐ衛兵もやってくるでしょうし、見つかると何かと動きづらくなります」
「そうだな」
嫌な空気を断ち切るように、ネイヤが提案した。
◆ ◇ ◆
宿はいつもどおり三人で泊まってもらい、俺は外で見張りをしながら、馬車で仮眠を取ることにした。
久しぶりに、死者蘇生魔法を改良したものを試したかったが、余計な問題が起こっても困るため、しばらくは封印しておくのが無難だと判断した。
セレティアたちの部屋の灯りが消えるのを確認し、魔力感知を広げしばらくすると、一人、こちらに近づいてくる者が網にかかる。
もう灯りが付いている部屋がほとんどない時間帯で、この真っ暗闇の中、馬車に近づく者なんてのはろくな奴じゃない。
俺は仕方なく気配を消し、その者が何をしにきたのか見極めることに集中することにした。
「ウォルスさん、いますか……」
「……感心しないな。女の子が出歩く時間帯じゃないぞ」
声で、すぐにフィーエルだとわかった。
わざわざこんな時間にやってくるというのは、何かあるのだろうが、あまりいい気分ではない。
「すみません、お話したいことがあって」
「日中じゃダメなのか?」
「セレティアさまの魔法に関することなので」
「フィーエルがいないと、二人が起きた時に問題になる」
せっかく顔見知りじゃない、という関係から始めたというのに、これでは違う関係を疑われかねない。
「二人には魔法をかけて眠ってもらいました。部屋には一等級の結界を張っておきましたから、短時間なら大丈夫だと思います」
用意周到なことだ。
それだけ緊急を要するということなのだろうが……。
「――――わかった、場所を変えよう」
港は星明かりを遮るものがなく、姿を確認できるくらいの明るさは確保できている。
この時間帯は流石に人は見当たらず、波が打ち寄せる音の中を二人だけで歩いていると、昔に戻ったような錯覚に陥りそうになる。
「俺もセレティアのことで聞きたいことがあってな、あいつの魔法が急激に伸びた要因が知りたい」
「そのことです。セレティアさまは、一種の天才です」
「天才だと? 四属性は扱えたが、ろくに制御もできなかったポンコツだぞ」
「ポンコツですか……王女殿下に対して、それは問題があるかと思います」
怒っているわけでも、茶化すわけでもなく、フィーエルはただ諌めるように言う。
「……悪い。聞かなかったことにしてくれ」
思わず本音が出てしまったが、それくらい俺との評価が違うということだ。
確かに、今の成長を見る限りでは、天才と言っても過言ではないレベルではあるが。
「どういうことか、教えてくれるんだろ?」
「かの天才魔法師、アルス殿下の師は、リリウム・ヘリアンサスという方だったと伺っています」
「……そうらしいな」
聞きたくない名が出てきたことに、自分でも眉間にシワが寄ったのがわかった。
だが、星明かり程度では、フィーエルからは見えなかったことに、胸を撫で下ろした。
リリウム・ヘリアンサス、俺の師であり、元魔法師団長であり、憧れの女性でもあった人だ。そして、俺と同じように、魔力と魔法力の高さ故に体を蝕まれ、俺の力でも命を繋ぎ止められなかった人でもある。
「私にも師はいます。同族であるエルフの師は、キース・クロウェル。そして、人間の師はアルス様です。ですが――――セレティア様には師がいません」
「いないだと?」
「はい。セレティア様は、独学で四属性魔法を覚えたようです。本を読み、お一人で試行錯誤した結果、四属性魔法同時行使まで可能となったと、話しておられました」
俺の周りには、生まれた時から高位魔法師がいて、その中でも歴代最高といわれたリリウム・ヘリアンサスがいたからこそ、俺の力が最大限引き出されたといってもいい。
それくらい、師というものは重要なものなのだ。
その師というものを得ないまま、四属性魔法にまで辿り着いたのは、ある意味天才と言っても間違いではない。
「あのセレティアが……」
俺はその名を呟きながら、足を止めていた。
今のセレティアはまさに水を得た魚そのもので、乾いた大地が水を吸収するかのように、フィーエルからあらゆる感覚、技術を吸収しているのだろう。
だが、その話を聞いて、俺の胸をざわつかせていた原因が判明した。