第43話 奴隷、ネイヤと共同作業をする
カサンドラ王国シュレスター。
ここはカサンドラ王国で三番目に大きな港町であり、港には多くの漁船と、巨大な艦船まで停泊している、カサンドラ王国の重要拠点の一つでもある。
ムラージの情報にあった地域に行く前に、俺たちは、その港町に立ち寄った。当たり前のことだが、海の幸が美味しい、などという理由からではない。ここには王立大書物庫が存在し、情報を精査するにはここが最も便利で、近かったためだ。
街自体は港町らしく、潮の香りが強く、内陸の街ではあまり目にしない新鮮な魚介類が大量に売られている。それが、ここが異国なのだということを、今まで以上に強く意識させてくる。
「今日は、一日かけてフィーエルから魔法を教わるから、ネイヤの護衛はいらないわよ。だから、今日は一日自由にしてあげていいんじゃないかしら」とセレティアが俺に同意を得るように言ってきた。
移動の間も、熱心にフィーエルから指導を受けていたセレティアは、今じゃ、三等級魔法も四属性同時に、それも安定して出せるようになったらしい。
このままいけば、単属性なら二等級までいけるかもしれない。
持って産まれた魔力の量が少ないようなので、それ以上は望めないが。
「ネイヤにも息抜きは必要だろうし、好きにしていいだろう」
「ありがとうございます。――――では、今日一日、ウォルス様を観察したいと思います」
「意味がわからない。却下だ」
「今、好きにしていい、とおっしゃったではありませんか」
「確かに言ったが、意味がわからないから却下だ、とも言っただろう」
どういう思考があれば、こんなバカな時間の使い方に至るんだ、と俺はセレティアとフィーエルに目を向けた。だが、セレティアとフィーエルは俺の味方ではないらしく、ただ笑いを堪え、俺とネイヤのやりとりを見守っている。
「意味ならあります。旅の間、ウォルス様が鍛錬している姿を目にしていません。私は時間があれば剣を振り、寝る間も惜しんで鍛錬を積んでいたつもりです。ですが、何もしていないウォルス様との差が、縮む気配すらありません」
若干、俺がサボっているようにも聞こえるが、ネイヤの目に、そんな感情は微塵も浮かんではいない。
「……それと、俺を観察することに、何の繋がりがあるんだ」
「ウォルス様が常に何をしているのか、それを見て、私も取り入れてみようかと。あとは、ウォルス様のお手伝いをして、早く済ませていただければ、私の鍛錬に付き合っていただけるのではないか、という下心があります」
「はっきり言ったな……別にそれは下心でもないと思うが」
「いえ、下心です」
口に出した時点で、それはもう懇願に近いものがある。
ここで断るだけなら簡単だが、強さへの飽くなき探究は、俺の死者蘇生魔法を追い求める心に通じるものがある。
「わかった。時間が余れば、鍛錬に付き合おう」
「ありがとうございます」
ネイヤは声を弾ませ、静かに頭を下げる。
「そういうわけで、俺はネイヤと王立大書物庫に行ってくる」
「承知しました。セレティアさまのことはお任せください。私が守ってみせます」
フィーエルが気合の入った表情を見せた途端、セレティアが若干引いたのを、俺は見逃さなかった。
ユーレシア王国に籍を移していないフィーエルは、セレティアの臣下ではなく、ましてや民でもない。おそらくだが、護衛にしても指導にしても、フィーエルはセレティアに遠慮することはなく、全力で取り組んでいるものと思われる。
フィーエルは魔法について、才能のない者には案外冷たいところがある。セレティアの成長ぶりから、自然と熱が入っているのかもしれない。
「セレティアのことは頼んだぞ」
フィーエルに、さらに気合が入るのがわかった。
◆ ◇ ◆
王立大書物庫、そこは誰でも利用できる書物庫、というわけではない。
そこは世界にある書物の半数近くを収蔵している、カサンドラ王国の心臓を担っている機関であり、許可を得た者しか敷地に入ることさえ許されない特別区域だ。
「大丈夫でしょうか?」とネイヤがキョロキョロと辺りを見回しながら言う。
「問題ない。この前までなら一悶着あっただろうが、今はユーレシア王国との軍事同盟の話が効いている。この話を広めるよう条件をつけたのは正解だ」
敷地の入り口にある管理棟の受付に、身分証を提示する。
今までなら、怪訝な目で見られたものだが、今回は逆に丁重な扱いを受け、敷地への入場許可を得られた。
国を代表する者ならこの待遇を受けるのは当然なのだが、それに少し感動を覚えている自分が、少し滑稽に思えてならない。
「無事入れましたね。ウォルス様は、何だか嬉しそうに見えますが」
「今までは、ぞんざいな扱いが多かったからな。ネイヤも、その一人だったわけだが」
「そうでした……私が知識不足なだけかと思っていました」
「それも、これからは笑い話で済むはずだ。この前の契約は、それくらい意義の大きいものだからな」
王立大書物庫の大扉を開け、足を踏み入れた先には、巨大な円形エントランスが姿を現し、その壁という壁には、本がギッシリと詰まっていた。
「これでも、まだほんの一部という話ですが」
「探すのも一苦労だな」
そこへ、革靴特有の、硬い靴音をエントランスに響かせ近づいてくる男性職員。
物腰が柔らかそうなその職員は、俺の前で軽く頭を下げる。
「お探しのものがございましたら、各フロアにいる、私どもにお声がけくださいませ。全ての蔵書を把握しております」
「それは助かる。じゃあ早速で悪いが、ここ三十年のルモティア王国の政治、戦争に関するもの。あとは邪教や、今話題の、死人に関連がありそうなものを頼む」
「かしこまりました」
男は俺たちを中央棟のテーブル席に案内したあと、本を取りに姿を消した。
この蔵書から探し出すのは不可能に近いとはいえ、このシステムは、誰が、何を読んだのかを、把握するためのものでもあるのだろう。あとは、盗難防止の意味もあるか、などと考えていると、男は一〇冊ばかりの本を手にして戻ってきた。
それを目にしたネイヤが、目を丸くする。
「かなり分厚いですね」
「ネイヤがいてくれて助かったな。これは俺一人じゃキツい」
重ねられた本の分厚さは、肘から指の先ほどの高さになっている。
正直、二人でも一日かけてギリギリといったところだろう。
これは、別日に時間を作って、鍛錬に付き合ってやったほうがいいかもしれない。
「俺はルモティア王国について気になることがあるから、それを中心に調べる。ネイヤは人形について、それらしい記述があるか調べてほしい」
「わかりました。――――ところで、その人形というのは、もっと的確な表現はないのでしょうか。私は人形と言われても、ピンとこないもので」
「……そうだな、あれはフィーエルが言うには、錬金術と魔法が合わさった、錬金魔法というらしいから、錬金人形というのはどうだ」
「そちらのほうがいいですね、錬金人形」
ネイヤは何度か口にし、納得したようなスッキリした表情を見せる。
「では、錬金人形について調べます」
真剣な表情に切り替わり、凄い勢いで頁をめくりだした。