51話 目覚め
レナリアの目が覚めると、心配したアンナがすぐに気がついて側にきてくれた。
「お嬢様、お目覚めですか」
まだちゃんと覚醒していないのが分かっているから、アンナは大きな声で「良かった」と言いそうになるのを抑える。
そして目を開けたままでいるレナリアのベッドの横に座り、様子を見た。
杖の材料を森に採りに行くだけのはずだったのに倒れたと聞いた時には驚いたし、レナリアを抱えたクラウスと一緒にセシル王子がやってきたのにはもっと驚いたが、こうしてレナリアが無事に目を覚まして本当に安堵した。
「具合はいかがですか?」
優しく柔らかな声で聞かれて、レナリアは数回まばたきをする。
それからゆっくりとアンナを見た。
「アンナ……大丈夫よ。心配をかけてしまったかしら?」
「……本当に、ご無事で良かったです。何かお飲み物をお持ちしましょうか?」
「そうね。お願い」
レナリアの返事を聞いて、アンナはすぐに用意していた水を差しだす。
ゆっくりと体を起こしたレナリアは、アンナから受け取った水を飲んでほうっと息をついた。
すると今まで我慢していたフィルが、「レナリアー!」と泣きながら突撃してきた。
「心配したんだよ! とっても心配したんだ」
「ごめんなさい、フィル」
飛びついてくるフィルを抱きとめたレナリアは、そのふわふわの金髪を優しくなでてあげる。
そうするとフィルは気持ちよさそうに金色の目を細めた。
「人間って、あんなに簡単に倒れるなんて知らなかった。ボク、レナリアが死んじゃうかと思った」
羽をふるふると震わせるフィルは、本当に怖かったのだろう。
ぎゅっとレナリアにくっついて、離れようとしない。
その様子はアンナには見えなかったが、レナリアとフィルの会話を邪魔しないように、そっと離れた。
「そういえば、私が気を失ってしまった時に、誰かいた?」
あれはレナリアが見た幻なのだろうか。
必死に駆けてくる、マリウス王子。
そういえば、前世の最期の時にも、あんな風に必死になった顔を見たような気がする。
あの時は治療のために、倒れたという公爵令嬢の屋敷に行っていたはずだから、マリウス王子がその場にいるはずはないのだけれど。
「えっとね。ほらあの王子がいたよ。セシル王子」
「セシル王子が?」
では、あの時に見たのはセシル王子だったのだろう。
レナリアはかすかな胸の痛みを覚えた。
マリウス王子に会いたい。
もしかしたら自分と同じように、生まれ変わっているのではないかと期待した。
そしてそれは、マリウス王子と同じ顔を持つセシル王子ではないかと――。
けれど、セシル王子の性格はマリウス王子とは違っていた。
それに、たとえばセシル王子が本当にマリウス王子の生まれ変わりだったとして。
前世の記憶を持っていないのならば、それは全く別の人ということになるのではないだろうか。
レナリアはタンザナイトの瞳を伏せて、フィルを撫でている自分の手を見る。
白く美しい、何の苦労も知らない手。
魔物討伐に明けくれていた、聖女だったあの頃とは、まるで違う。
レナリアは顔を上げて、心配そうに見守ってくれているアンナを見る。
今のこのレナリアを大事に思ってくれている、大切な侍女。
前世の記憶は、今なお色濃くレナリアの中に残っている。
でも……と、思う。
でも、もう、忘れてもいいのかもしれない。
前世にとらわれずに、今のレナリアの思うままに、生きていってもいいのかもしれない。
「ではセシル王子にもお礼を言わなくてはね」
レナリアがそう言うと、アンナも頷いた。
「お嬢様を運んだのはクラウスですが、殿下もそれはもう心配なさっていて、寮に入る手前まで一緒についていてくださったそうですよ」
「そうなのね」
「それにしても結界の外に出られたなど、無謀ですわ。何事もなかったから良かったものの、お怪我でもされていたら大変なことになっておりました」
「反省しているわ」
もう一度、ごめんなさいとレナリアが頭を下げると、アンナはそういえば、と部屋の隅を指差した。
そこにはレナリアが杖にしようと思って持ってきた、桃の枝がある。
「こちらの桃の枝は、ちゃんとクラウスがお持ちしましたよ。……お嬢様、そんなに桃の枝が良かったんですか? 殿下が王族は桃の木を好むから、それで王族の血を引くお嬢様も、桃の木を探して結界の外に出てしまったのだろうとおっしゃっていましたが……」
「あ……。そうなの。桃の木の枝が欲しくて、つい……」
レナリアは、そう言って口ごもる。
その後でエルダートレントが進化したイビルトレントと戦ったなどと言ったら、アンナは卒倒してしまうかもしれない。
このことはアンナには内緒にしておこうと心に決めた。
「マーカス先生が、結界の外へ出た罰として、三日間の登校禁止処分だとおっしゃっていましたけれど……。実際は、三日間休養するようにということだと思います」
そうするわ、と言ったレナリアがふと見ると、赤い小さな炎のチャムが何かを運んでいるのが見えた。
「うんしょ、よいしょー」
「チャム? どうしたの?」
「あのねー、チャムねー、いいの拾ってきたのー」
小さなチャムがずるずると引きずってきたのは黒い枝だ。
「なあに、それは?」
「えっとねー。黒い動いてた木の枝なのー。燃えたとこに、残ってたのー」
チャムが自慢げに見せてくれたそれは、イビルトレントの枝だった。