第140話 奴隷、違和感を覚える
カーリッツ王国に着いて、セレティアから出た第一声は、「王も英雄も亡くなったっていうのに、王都は平穏そのものなのね」という想定外のものを目にしたものだった。
王都には普段どおりの、今までと何も変わらない光景が広がっている。
「民からすれば、不安もあるが日々の暮らしのほうが大事だからな。内心はどうかはわからないが」
「魔法師団長までいないのに、暢気なものね」
「それは今ここで広まっては不味い情報だ。もう口にするなよ」
「はいはい、わかってるわよ。ウォルスって、どこの国の人間なのかわからないわよね」
カーリッツ王国に肩入れしているつもりはないが、セレティアにはそう見えているのかもしれない。
完全に代替わりしたカーリッツ王国に、そこまで首を突っ込むつもりもない。
今ではユーレシア王国を優先しているはずで、混乱が起きてはユーレシア王国にも影響が出るため口にしているだけだ。
セレティアの記憶に、本当にあの時の記憶がないのか探りを入れるべきか、という思いが湧いてくる。
「そろそろ着くわよ。戦士長として連れてきてるんだから、頑張ってちょうだい」
「フェスタリーゼやダラスも、俺がどういう立場か知らなかったか……気が滅入るな」
フェスタリーゼの性格からすると、ダラスが当時戦士長でもなかった俺に敗れたことを、再びネチネチと言い出すかもしれない。
「俺を戦士長と紹介するなら、以前から戦士長だったということにしてくれ。ダラスの立場というものもあるからな」
「……いいけど、騎士団長の立場なんてどうでもいいでしょうに」
呆れ気味のセレティアとともに城門を通り、諸々の手続きのあと、謁見の間へと通される。
個人的な要件で訪れたため、個室で済ませるかと思ったがそこまではしなかったようだ。
それでも俺たちとの関係性を他に見せたくなかったのか、フェスタリーゼとダラス以外の姿は見当たらない。
「よく来たわね。もっと遅くてもよかったのに」
女王になったというのに、以前と変わらぬ鎧姿で玉座に座っているフェスタリーゼ。
「お祝いは早いほうがいいでしょう。それにしても、いつ見てもその格好ね」
「父と、カーリッツ王国の力の象徴そのものの伯父様が同時に亡くなったのよ。だから私は少しでも力強くあらねばならないの。チャラチャラした服なんて着てられないの、わかる?」
いくら服装で力を誇示してみせようと、本人に力がなければ全く意味はない。
それなら力がある者を魔法師団に招き入れたほうが、よっぽど効果がある。
まだまだ十代の子供でクラウン制度で力を示してもいない以上、今すぐそんな真似はできないか、と考えを改める。
「それはそうと、あなたの隣の男、さっきかから何か言いたそうだけれど、何者かしら」とフェスタリーゼは、さも見知らぬ男だとでも言いたげな目を俺に向けて言う。
「流石にその態度は改めてもらいたいんだが。一応俺も協力したんだからな」
邪教を倒したのはアルスとイルスということにはしたが、イルスの要請で俺も出張った経緯があり、ここまでぞんざいに扱われる覚えはない。
だが、フェスタリーゼの反応は、俺の想像するものとは違っていた。
「何のこと? いくらセレティアの従者だからって、その態度はいただけないわね」
「――――ふざけているのか?」
「偉そうに、あなたいったい何なの? ダラス、あなたこの男を知ってる?」
フェスタリーゼの問いに、隣に立つダラスが顔をしかめる。
「いえ、存じておりません」
ダラスが冗談でもこんな反応をするわけがなく、したとしても演技が真に迫りすぎている。
どこからどう見ても、演技とは思えない不快な表情を浮かべ俺を睨みつける様は、初対面のものとしか思えない。
それはセレティアも感じとったようで、一瞬俺に目をやったあと、ダラスを指差した。
「そこの騎士団長に勝ったウォルス・サイよ! ユーレシアに亡命してきた時にも、散々ウォルスに頼ったくせに、今のはちょっと度が過ぎてるんじゃないかしら」
「何を言っているのよ。ダラスに勝ったのも、亡命時に頼ったのも……」
そこまで言って、フェスタリーゼは頭を押さえる。
「……ウォルス・サイね。どうして忘れていたのかしら……いえ、忘れていたというより……」
フェスタリーゼはそのまま顔をダラスへ向ける。
そのダラスも、さっきの態度が嘘のように、「ウォルス・サイ、そなたはウォルス・サイで間違いない……私もフェスタリーゼ様も、ここ連日は特に忙しく、その疲れが出ているのかもしれん」と頭を押さえはじめる。
一時的な催眠系の魔法だとすれば、ここまではっきりとした意識を保つことはできない。
そもそも記憶に関する魔法は複雑になりすぎるため、必ず記憶に齟齬が生じ、基本的に成り立たない。
――――では、今のはなんだったのか。
本当に疲れから俺のことをど忘れたとでもいうのか。
戦士長になっても、変わったのは腰の剣だけで、他は何も変わってはいない。
見間違えるはずはないのだが……。
だが、今は普通にセレティアと話を進め、俺のこともしっかり認識している。
「そういえば、今日はハーヴェイも王宮にいるから、顔を出していけばいいんじゃない」
思い出したように口にしたフェスタリーゼの提案に、セレティアが「遠慮するわ」と即答する。
「ハーヴェイとは仲がよくなったのか? 巷じゃあまりよくないと聞いているが」
「私はそこまで嫌ってないわよ。今までハーヴェイが一方的に避けてきただけだから」とフェスタリーゼは何でもないといった風に話し、余裕を見せる。
「長居するとハーヴェイ殿下と鉢合わせになりそうだし、もう帰ろうかしら」
「そうだな。またダンスに誘われでもしたら面倒だ」
フェスタリーゼがキョトン顔を見せる中、セレティアがクスリと笑う。
「そういうことだから、用事も済んだし、わたしたちはおいとまさせてもらうわ。フェスタリーゼ陛下、今後ともユーレシア王国と懇意にしてちょうだいね。亡命してくるくらいだし、問題ないとは思うけど」
遠目にも、フェスタリーゼのコメカミに青筋が浮かびはじめているのが確認できる。
「全然そういう態度に見えないわね。でも、少しくらいは考えておいてあげるわよ」
ダラスが困った表情で、早く出ていけという顔をしていたため、セレティアを連れ謁見の間の扉を開いた。