第139話 奴隷、束の間の平穏
ユーレシア王国、地下練兵場。
誰もいない静かなこの場所で、俺はネイヤと対峙していた。
誰にも見せることができないほどの、殺気に満ちた剣気を放つネイヤ。
両手にそれぞれ剣を持ち、最初から余力を残すつもりはないらしい。
この姿をもし見られれば、鍛錬と思われないのは必至。
本気の殺し合いだと誤解を招くのは間違いない。
「いい剣気だ。それでこそ指導のしがいがある」
「私がここまで殺気を放っても、平然と受け流してくれる方は、ウォルス様以外にいませんから」
言い終わった瞬間、ネイヤは一気に間合いを詰め、双剣を同時に振り下ろしてきた。
鍛錬とは思えない奇襲、だが、それがいい。
緊張感のない手合わせ、本気じゃない手合わせ、そんなものに意味はない。
生死を賭けた手合の先に、ネイヤが求めている成長の糧が隠れている。
双剣を避けると、瞬きをする時間すら与えず、次の攻撃を繰り出してきた。
「剣速、重さ、ともに申し分ない――――が、ネイヤの剣は魔物に特化しすぎだな」
「!」
ネイヤの剣は真っ直ぐで、正直すぎる点に課題がある。
魔物や格下相手には、これだけで対処できるだろうが、格上相手となると、万に一つも勝利は見込めない。
片方の剣を強く弾き返しても上手く受け流し、バランスが崩れることはない。ゆえに、同時にもう片方の剣を弾き返さず敢えて受け止め、ネイヤの力の入れ具合に変化が出たところで圧倒的な力で弾き返すと、完全に体が流れる。
「くっ!」
それでもネイヤはすぐに体勢を整え、即、反撃に転じる。
剣を手放さないだけ合格といったところか。
「力がついてくると、問題点が顕著になるな」
今度はネイヤの剣を避け、振り抜かれた剣を、追い打ちをするように思い切り後ろから叩き上げた。
普段では絶対ありえない、自分より早い剣速で押し出されるように弾かれたネイヤは、剣を放すことなくそのまま俺に背を向ける。
ここで、ネイヤの問題点がはっきりと出た。
そのまま回転し、逆の手で流れるように攻撃をしてきたのだ。
「自覚はないんだろう。攻撃は最大の防御にもなるが、これは完全に悪手だ」
体勢が崩れようと剣を放さず、敵に背を向けても尚、攻撃を続行した。
それが今まで好手だったのは、攻撃し続けることで乗り越えられた壁であったり、それ以上攻撃される心配がない状態だったにすぎない。
俺を前に背を向けた時点で、優先すべきは防御であり、無理をして攻撃を続行することではない。
相手によって切り替えられないのか、俺だからこそ、攻撃がないと思っているのか。
どちらにしても、ここではっきりとわからせる必要があるため、攻撃してきた腕を掴み捻り上げながら、足を払い地面に這いつくばらせる。
その状態で剣を首にあてがうと、ネイヤから「参りました」の一言が漏れた。
「これで俺の言葉の意味がわかったか」
「はい……」
ネイヤは防御が苦手なのだろう。
それゆえに、今までは力で全てをねじ伏せることで、難局を乗り越えてこられたのだ。
「ネイヤは防御について、もう少し研鑽を重ねる必要がある。今からでも遅くはない、一つの剣術を学んでみたらどうだ。ネイヤのセンスは認めるが、今は我流だろう?」
「やはり、わかりますか……」
「まあ、知ってる剣術がチラチラと交ざってるからな」
「ウォルス様は、ダラス殿と同じ剣術をどこで習得されたのですか?」
ネイヤは訝しげるでもなく、純粋な疑問として聞いているのはわかる。
ここは、セレティアと話が被った時にも矛盾がないようにしておくべきだろう。
「……そういう本があったんでな、独学で覚えたまでだ」
「読んだだけで覚えたのですか!? 流石はウォルス様ですね」
「ははは……この程度、どうということはない」
「私は体で覚えるタイプですから、到底真似できません」
自分もやると言われたら危険だったが、どうやらいらぬ心配だったようだ。
王宮剣術なら、今はカーリッツ王国とも繋がりはあるため、ダラスに頼めば案外いけるかもしれない。
「本日はありがとうございました。今一度、自分を見つめ直す機会をいただきました」
「あまり時間を作ってやれなくて悪いな」
ネイヤが本気で挑んでくる機会を、もう少し増やしてやりたいところだが、何だかんだと仕事が増えて時間が作れない。
それもこれも、戦士長という肩書を持っているためだ。
そんなことを考えていると、重く低い、扉が開く音が練兵場に響く。
「あーやっぱりここだったわね」
「もう具合はいいのか」
「大丈夫よ。あれ以上寝ていたら、体がおかしくなっちゃうわよ」
フィーエルとアイネスを引き連れたセレティアが、軽やかに階段を下りてくる。
「元気なことはいいんだが、どうしてまた冒険者の格好をしてるんだ」
「それはね、こちらのほうが動きやすいことに気づいたからよ」
「は?」
「――――というのは冗談。カーリッツ王国へ顔を出しに行くことにしたからよ」
今からカーリッツ王国へ行って何の意味があるのか、考えてみても何も思い当たらない。
「不思議そうな顔ね。次の王が決まったのよ」
「それは早すぎるだろう。まだ試験もしていないはずだ」
「でも本当なのよ。ね、フィーエル」
話を振られたフィーエルは、「ハーヴェイ殿下は試験を受けることなく、フェスタリーゼ殿下が次王に相応しいと推戴されたんです」と淡々と述べる。
「それは驚きだな。譲ったほうもだが、譲られたフェスタリーゼもよく素直に受け入れたな」
「いえ、お二人は仲がよくないですから、一度は断り、かなりぶつかったそうです。ですが、ダラスさまが仲裁に入り、なんとかフェスタリーゼさまに受け入れさせたそうです」
カーリッツ王国のことを考えれば、一刻も早く即位させなければならない。
それを優先した結果だろうが、ダラスもお守りは大変だろうな、と考えるだけで吹き出しそうになる。
「で、そのカーリッツ王国にその格好で行くのか」
「この状況で、仰々しい挨拶は向こうも迷惑でしょう。そいういうのは、後日、お父さまから何かあると思うし、とりあえずお祝いの言葉だけでも伝えてあげたいじゃない、一番乗りで、ね?」
一番に伝えるというのは、それはそれで意味はある。
どんな形であれ、無下にはできない。
それを承知で、この格好で行こうというのだから、狙いは一つしかない。
「そんなにフェスタリーゼが合わないか」
「それはウォルスも、でしょ」
「――――まあな」
仕方なく答えた俺を見て、セレティアだけじゃなく、フィーエルまでくすくすと笑い出す。
「それで、誰を連れていくんだ? フィーエルはもう少し時間を置いたほうがいいと思うが」
「心配しなくとも、わたしとウォルスだけよ。アイネスは、フィーエルが行かないなら残るって言ってるし」
セレティアがアイネスに目をやると、「行って帰ってくるだけでしょ、さっさと行って終わらせてきなさいよ」と投げやり気味に答える。
「そうだな、今回は早さが肝心だ。さっさと行くか」