49話 先代国王
レナリア・シェリダンはセシルの従妹にあたる少女だが、学園に入学してくるまでまったく交流がなかった。
レナリアの母であるエリザベスは、祖父である先代国王の侍女であった寵姫が生んだ姫で、その出自から修道院の奥深くで隠されて育てられていた。
セシルの祖母は、祖父の代までは対立することが多かった大国の姫で、とてもプライドの高い女性だ。
エルトリア王家では、伴侶となる女性を魔法学園での在籍中に決めることが多い。
相手が平民の場合は特例がない限り許されないが、貴族であれば結婚を認められるのだ。
先代国王も風魔法クラスに所属する伯爵令嬢との愛を育み、令嬢の卒業後には婚約を発表する予定だった。
だが大国との平和条約を結ぶために、王太子だった先代国王は国王の名代としてかの国を訪れ、その国の末の姫が先代国王を一目見て恋に落ちた。
大国の王は年を取ってから生まれた末の姫を溺愛していた。
そこで可愛い末の姫の恋を成就させてやろうと、平和条約に先代国王との婚姻を条件として付け加えたのだ。
当然、先代国王と伯爵令嬢との婚約は白紙となってしまい、伯爵令嬢は悲しみのあまり修道院へと行ってしまった。
そうして迎えた大国の末の姫は、エルトリアでも祖国と同じように振る舞った。
誰もが自分を称え敬うのが当然といった態度で、先代国王も自分との結婚を喜んでいると信じて疑わなかった。
確かに、最初は先代国王も妃と寄り添おうとしたのだろう。
だが高慢で激しい性格の妃との結婚生活に、先代国王は疲れていった。
そして王子が生まれると、先代国王は妃の元を訪れなくなってしまった。
慌てたのは重臣だちだ。
いくら世継ぎの王子が生まれたといっても、一人だけではなにかあった時に困る。
だが先代国王は、自分の義務は果たしたとばかりに、頑として妃の元へは通わなかった。
そこで寵姫にふさわしい、美しく身の程をわきまえているものを何人か国王の元へ遣わしたのだが、先代国王は見向きもしなかった。
まるで命を削るように、この国に身を捧げることだけが自分の役目なのだろうとでもいうように、激務に励み――そして倒れた。
生きる気力もなくどんどんやつれていく先代国王に、重臣たちは最後の望みとばかりに、修道女として慎ましく暮らしていたかつての恋人である伯爵令嬢を侍女として呼び寄せたのだ。
結果として、伯爵令嬢は寵姫となり王宮の一角を与えられ、そしてレナリアの母であるエリザベスが生まれた。
だが二人目を懐妊中に病気で倒れ、お腹の中の子供とともに亡くなってしまった。
世間の噂では、先代国王の王妃であった祖母が、嫉妬のあまり寵姫を毒殺したのだろうとまことしやかにささやかれているが、あの祖母であればそうするだろうとセシルも思っている。
寵姫を失って生きる気力をなくした祖父が崩御した後、まだ幼い妹を不憫に思ったセシルの父がすぐにエリザベスを警護の厳しい修道院へと送らなければ、きっとエリザベスの命はなかっただろう。
今でも王太后として絶大な権力をふるう祖母が君臨する王宮内では、エリザベスやシェリダン侯爵家の話はタブーとされている。
けれども、それゆえにレオナルドとセシルの兄弟は興味を持った。
気が弱く、王太后の薦めるままに、王太后と共にエルトリアにきた侍女の娘である伯爵令嬢を妻にした父がこっそりと語るエリザベスの美しさに、一体どんな方なのだろうかと想像をふくらませた。
だから魔法学園でシェリダン侯爵家の嫡男であるアーサーと共に入学したレオナルドは、アーサーの迷惑も
今ではそれなりに親友に近い間柄になっているのだから、兄の強引さも役に立つものだとセシルは感心している。
そしてシェリダン侯爵家のレナリアが同学年と聞いて、セシルは期待せずにはいられなかった。
一度も見ることができなかったゆえに憧憬ばかりが
一体どれほどの美姫であろうかと期待していたのに、初めて見る彼女はあまりにも凡庸な姿をしていた。
王家の持つタンザナイトの瞳こそ印象的だし、よく見ればその顔立ちが整っているのも分かる。
だがうつむきがちな姿勢もあって、どことなく地味な印象を与えるのだ。
けれどもそれが化粧による擬態だと分かって、その本来の顔は一体どんなだろうと思うようになった。
いつかもっと親しく話せるようになりたい。
男同士ではないから、レオナルドとアーサーのような関係にはなれないだろうが、それでもせめて普通の従兄妹同士のような。
だから――。
「私も一緒に探そう」
「殿下、何をおっしゃるのですか。早く学園にお戻りください」
筆頭騎士が反対するが、セシルは意見を曲げなかった。
「ここからならコリーンたちも安全に戻れるだろう。護衛騎士たちは私と一緒にレナリアを探そう。ランベルトはどうする?」
「もちろんお供します」
「ああ。だが無理はしないように」
ランベルトが深く頭を下げると、セシルは鷹揚に頷いた。
まだ護衛騎士ではないので連れていかずとも良いのだが、早く騎士になりたいと思っているランベルトを置いていくのは、かえって辛いだろうと思ったのだ。
「殿下!」
「レナリアは私の従妹だ。それに王家のタンザナイトの瞳を持つものを保護するのは、お前たちの務めでもあるだろう?」
「しかし――」
「別に結界の外に出たと決まったわけでもあるまい。こうしている時間も惜しい。行くぞ」
セシルはそう言うと、レナリアの護衛騎士であるクラウスに向き直った。
「レナリアはどのような材料を探すか言っていたか?」
「いえ。ただ、エアリアルの好きな材料にするとだけ」
「エアリアルが好きな材料か……」
エアリアルの生態は、その姿を見ることができるものがいないことから、あまりよく分かっていない。
というか、そもそも精霊が好む木とは何だろうとセシルが考えこんだ時、横から小さな声がかけられた。
「あ、あのう……」
セシルが振り返ると、そこには見覚えのない女子生徒がいた。
下を向いていてぼそぼそと話すので、あまりよく声が聞こえない。
「何か用か?」
護衛騎士に鋭く声をかけられて、女子生徒はさらに口ごもった。
「あっ、えっ、あのっ」
見かねたセシルが、護衛騎士を制して優しく声をかける。
「どうしたのだ?」
セシルが待っていると、女子生徒は小さな声で言った。
「あの……レナリアさん……えっと、あっちです……」
風魔法クラスのマリー・ウィルキンソンは、ありったけの勇気を振り絞って、レナリアの魔力が見えた方角を指差した。