48話 トレントの襲撃
だが結界を越えてすぐに、逃げてきたらしきマグダレーナとコリーンが現れた。
二人とも制服が汚れてはいるものの、怪我をしている様子はない。
セシルたちは急いで二人を連れて、結界の中へ戻った。
「無事だったか」
「殿下。私を助けに来てくださったのですね」
感極まって抱きつこうとするマグダレーナだが、セシルの前にすっと筆頭護衛騎士が立ちはだかって阻止された。
「他に結界の外に出たものはいないな?」
「は、はい」
セシルの問いに、コリーンは大きな体を小さくして縮こまりながら答えた。
「しかし一体どうして結界の外に出たんだ。無事だったから良かったものの、危ないところだったぞ」
ランベルトに叱責されたコリーンは、チラリとマグダレーナを見てから「ごめんなさい」と小さな声で謝る。
それを見たランベルトは「はぁ」と、これみよがしに大きなため息をついた。
「大方、マグダレーナが結界の外で杖の材料を探したいとわがままを言ったんだろう」
貴族の夫人の間ではよく茶会が開かれる。
そこに子供を参加させることによって、将来の人脈につなげる狙いがある。
子供たちは茶会の席ではなく、子供部屋で一緒に遊ぶのだが、そこは小さな社交場になっていた。
王子であるセシルの学友兼、未来の護衛であるランベルトの周りには、セシルとの繋がりを求め、親に言い含められて群がる子供たちが多かった。
マグダレーナもそのうちの一人だ。
だからランベルトは彼女の性格をよく知っていた。
「ひどいわ、ランベルト様。私はそんなことは言ってません。そうよね、コリーン?」
話を振られたコリーンは「え」とか「う」と言いながら口ごもる。
そこに、結界の外を窺っていた騎士の一人が慌てて戻ってきた。
「殿下! 結界の外でトレントの群れがこちらに向かってきております。すぐに退避なさってください」
「群れだと? 何体いる」
筆頭護衛騎士が聞くと、戻ってきた騎士は一度息を整えるように口を閉じてから、はっきりと答える。
「およそ二十はいるかと思われます」
「……多いな。お嬢様たち、もしかしてトレントに攻撃をしましたか?」
筆頭護衛騎士に厳しい目で見られたマグダレーナは「ひっ」と小さく悲鳴を上げた。
貴族の姫として蝶よ花よと育てられたマグダレーナにとって、ここまで高圧的に接する相手は今までいなかったから、その威圧感に恐怖したのだ。
「あ、あの、その……すみません」
声が出ないマグダレーナに代わって答えたのはコリーンだ。
生まれたての子豚のようにプルプルと震えているが、それでもマグダレーナのせいにはせず、覚悟を決めて謝った。
「トレントは中途半端な攻撃を受けると、自分を倒せるほど強くはないのだと認識して、仲間を呼んで獲物を分け合うことがある。それほど強い魔物ではないから、一思いに倒す力がないのであれば、手を出さないことだ」
「分かりました。もう……しません」
「……後でこのようなことが二度と起こらないよう、学園に申し伝えておこう。なんにせよ、無事で良かった」
杖の材料を探す時に結界の外へ出てはいけないといっても、毎年それを破って外にでるものが、少数ではあるが確実にいる。
一応、それとなく結界の近くに学園騎士を配置して外に出ないように目を光らせているのだが、今年はセシル王子が桃の木を探しに行くのが分かっていたため、そちらの方向にはあえて学園騎士を配置していなかったのだ。
王家の失態にもつながるため筆頭護衛騎士はそれを口にしなかったが、また同じようなことが起こらないとも限らない。
学園とも協議して、なんらかの対応を取らなければならないだろう。
「結界はもちそうか?」
「おそらく破られるかと」
「そうか。では私は殿下と共に学園へ戻る。みなは教師の方々と学園騎士と共に、協力してトレントを倒すのだ。分かったな」
「はっ」
筆頭騎士は命令を下すと、セシル王子を促した。
そして筒のようなものに火をつけて煙を出し、学園騎士や、待機している貴族子女の護衛たちに危険を知らせる。
これで迅速に他の生徒たちも避難できるだろう。
「さあ、すぐに参りましょう」
「分かった。ランベルト、マグダレーナ、コリーン、行くぞ」
ランベルトは残って戦いたそうにしていたが、まだそこまでの実力が自分にはないことを分かっていたため、大人しくセシルの指示に従った。
戻る途中で慌てて駆けつける教師たちとすれ違う。
彼らの顔はみんな強張っていた。
生徒たちの護衛も、それぞれの主人と共に学園へと避難していた。
だがふと目に留まった騎士に、セシルは違和感を覚える。
あれは確かレナリアの護衛だったはずだ。
兄のレオナルドがレナリアに失礼な態度を取った時にすぐに反応していて、王族相手に歯向かおうとするなど大した忠誠心だと感心した覚えがある。
なのになぜ、レナリアを連れていないのだろうか。
それどころか懸命に探している様子だ。
まさか、と思う。
まさかレナリアが見つからないのだろうか、と。
セシルは、思わず立ち止まって「レナリアはどうした!」と叫んでいた。
「殿下! お嬢さまを見かけませんでしたか? どこにもいらっしゃらないのです」
クラウスは、必死の形相でセシルに叫び返した。