第36話 奴隷、好物をサービスしてもらう
これで行き先は決まった。
あの不死身のガスターという男も気になるが、こちらの優先度が高い。
このトマスという男が言っていることが本当ならば、全てが一本に繋がるか、いくつかの選択肢が生まれるはずだ。
「それは面白い話だな。それは同時に、俺たちが求めていた話でもある」
「……どういうことでしょうか」
「つまり、あんたの依頼を引き受けることにした、ということだ」
トマスの表情が一気に明るくなり、すぐさま俺の下に駆け寄ってくる。
「本当にいいんですか!?」
「嘘を吐いてどうなる。こちらとしては、一刻も早く出発したいくらいだ」
「ありがとうございます。こんなにも嬉しいことはありません。渡りに船とはまさにこのことですね。エディナ神に感謝しなくては」
トマスは首にかけていたエディナ神のクロスを取り出し、それを天に掲げると祈りの言葉を唱えだす。だがそれもすぐに終わり、慌てた様子で俺たちを見回し始めた。
「言い忘れていたのですが、元々雇っていた護衛は四人でして、座席も四人分しか余裕がなく、お金のほうも全員分となると……」とトマスは申し訳無さそうに頭を下げる。
それを見ていたベネトナシュが、すぐさまセレティアの前に片膝をついた。
「セレティア様、我々はここで分かれ、一度、陛下の下へご挨拶に参上したいと存じます。クラウン制度に我々六人が付いていくべきではありませんし、現状を陛下に伝え、何か動きがあれば、ネイヤ様を通じてお伝えすることもできますので」
「それがいいわね。無理やり押し込まれて、また疲れる思いをするのはこりごりだもの」とセレティアは言いながら、視線を俺のほうへ向けてきた。
同時に、全員がセレティアと同じような、一言言いたげな目で見つめてきた。
当然のように、フィーエルも皆に混ざり、何だか楽しげに見つめてくる。
「……俺もそれが一番だと思う。大人数だと目立って仕方ないしな」
「では、我々はここで失礼いたします」
ベネトナシュはそれだけ言うと、最後にネイヤに頭を下げ、五人を引き連れ去ってゆく。
あの六人なら、ネイヤから独立しても立派にやっていけるだけの、実力も判断力も備わっている、と見て間違いない。活躍の場さえ与えれば、もっと成長するのは間違いない。ここで大きく離れるのは、六人にとってチャンスかもしれない。
そんなベネトナシュたちの後姿を見つめるトマスが、「見目麗しい女性の方々が減るのは残念ですが、数が減ろうとも、残っている女性の方のオーラが凄いので、嫌でも目立ちそうですけどね」と言ってセレティアたちへ笑顔を向けた。
トマスのいらぬ世辞に、「ウォルスもこのくらい言ってもいいのよ?」とセレティアはとぼけた感じで言ってきたため、「商人だから、口が上手いんだろ」と返して俺は一人歩き出した。
◆ ◇ ◆
トマスの荷馬車は行商人が使う一般的なサイズで、幌はついているが、乗り心地はお世辞にも褒められたものではなく、ルモティア王国へ来る時に使った、安物の馬車と何も変わらなかった。
速度は遅く、次の町に着くまでに何度も野宿する羽目になり、護衛が逃げた理由はこれなんじゃないか、と俺は密かに思った。
料理はトマスが慣れた手付きで出してくれはしたが、そこは
これも原因の一つに違いない。
馬車を走らせてから数日が経ったそんなある日、料理を始めようとしたトマスの横で、フィーエルも手を動かし始めた。
「今日の食事の用意は、フィーエルもするのね」とセレティアが嬉しそうに言う。
「フィーエルさんは座っていていただいて結構ですよ。料理は私がやりますんで」
そう言い張るトマスの肩をネイヤが掴み、「トマス殿は御者をして疲れているでしょう。休んでいてもらって結構です。料理は今後、私たちがやりますので」と半ば無理やり座らせた。
「……そうですか? それはありがとうございます」
トマスは何も疑わず、本当に嬉しそうに焚き火の前でくつろぎ始めた。
この示し合わせたような三人の連携に、俺は感心するのと同時に、少しばかり背筋に冷たいものが走ったのがわかった。
「何か言いたそうな顔をしているわね」
セレティアは焚き火に薪をくべながら、俺にもくべるよう手渡してくる。
「いや、三人とも結構気が合うんだな、と感心していただけだ」
「二人ともいい子だもの。それに、あの料理に関しては、嫌でも協力して阻止するものでしょう?」
「まあな……」
かなり酷いことを言っているが、実際何日もあの料理を食べさせられると、今すぐ離脱したくなるという類のもののため、俺は黙って肯定した。
「それはそうと、このまま邪教を調べていった結果、カーリッツ王国に繋がっていたらどうするのかしら?」
「大本を叩かないと意味がないからな、カーリッツ王国が大本だと判明したら、事を構えないといけなくはなるだろうな。――――今はそうじゃないことを祈るだけだ」
邪教関係者がカーリッツ王国に潜り込み、アルスに何かをして蘇ったという形を取っているのなら、邪教を叩いたあとで、アルスを始末すれば済む。だが、黒幕がアルス、またはその周囲の者の手によるものだった場合は、本格的に国を相手にしなければいけなくなる。
アルスの件と邪教が全く繋がりがなければ、俺が個人的にアルスを始末すればいいが、下手に手を出して繋がりがあった場合、邪教が表から姿を隠し、地下に潜ることも考えられる。
「気が重くなるわね……あんな大国、相手にしたくないもの。アルス・ディットランドも本物だという話だし、どう考えても勝ち目なんてないと思うのよね」
焚き火の薪が弾けて火の粉が噴き上がり、セレティアが一瞬驚いた表情を見せる。そんなセレティアに、俺はより乾いた薪を選んで手渡した。
「今から考えるだけ無駄だ。それに、アルス・ディットランドが相手でも、俺はセレティアを守る自信はある。心配するな」
「――――凄い自信ね」
笑顔を見せるセレティアの前に、スープが入った器を両手に持ったフィーエルが現れる。それをセレティアと俺に手渡すと、また鍋のほうへと戻ってゆく。
「なんだか……ウォルスのほうが具が多いわね」
自分のスープと俺のを見比べ、セレティアが不満そうに口にした。
「気のせい……でもないな」
セレティアのスープの具が少ないわけではないが、明らかに俺のほうが多かった。
それはもう、どうこう言い訳ができるレベルではなく、あからさまに。
「まあ体格が違うし、俺は命の恩人だからな。そのへんの気遣いだろう」と俺は必死に理由を考えて答えた。
単に、このスープが俺の好きな味付けで、フィーエルが気を遣っただけなのはわかっていたが。
「ふーん、そういうことね。――――四十歳以上が好みだって教えてあげようかしら」
「……何の話だ?」
「気にしないで、独り言だから」
このあと、フィーエルによる魔法指導が本格的に開始されたのだが、セレティアは想像以上に真剣に取り組んでいた。なかなか幸先の良いスタートを切れたようだ。