46話 ファイアーウルフ
フィルに魔素を集めてもらうと、グラリとめまいがしてガンガンと頭に痛みが響く。
やはり魔力酔いの症状はかなり重い。
「レナリア、くるよっ」
「風よ切り裂けっ」
ファイアーウルフに向かって、いくつもの風の刃が襲い掛かる。
だがいつもより勢いがない。
ファイアーウルフは俊敏にレナリアの攻撃をかわすと、警戒するように低く唸った。
レナリアの頭が、耐えきれないような痛みを訴える。
だがここで倒れたらおしまいだ。
ファイアーウルフには水魔法がよく効く。
だったら……。
「フィル、水の魔素を集めて」
「……レナリア、大丈夫?」
「ここで無理しなくてどうするの? 倒すわよ!」
ファイヤーウルフの餌食になったらその先には死しかないが、魔力酔いであれば倒れても何とかなる……かもしれない。
他の魔物が寄ってこなければ、だが。
いざとなれば土魔法で穴を掘って隠れてもいいわね。
そこまでがんばりましょう。
レナリアは覚悟を決めると、水魔法を放つ。
「水の槍!」
水の槍は、水魔法クラスに入った生徒が魔法学校で最初に習う魔法で、あまり効果はない。
だがレナリアはただの水流ではなく、槍のように細く尖った形にした。
初級の魔法でも、濃度を高めれば威力が上がる。
レナリアの予想通り、水の槍はファイアーウルフの体に突き刺さった。
「ギャウウウウゥゥ!」
槍に貫かれたファイアーウルフが痛みで地面にのたうち回る。
即死でなかったのが残念だが、かなりのダメージを与えられたはずだ。
だがファイアーウルフは、肩で息をしながらも立ち上がった。
ファイアーウルフの毛皮は、常に炎をまとって燃えている。
だが今はその大部分が、水の槍によって消され、ジュウジュウと音を立ててくすぶっている。
ファイアーウルフが死ぬと、全身の炎がすべて消える。
それはつまり、全身の炎が全て消えた時が、ファイアーウルフの最期だということだ。
レナリアと対峙するファイアーウルフの体は、どんどん火の勢いが弱くなってきている。
おそらく、もういくらも保たないだろう。
だが、その目は、消えていく命とは裏腹に、レナリアに対する憎悪で燃えている。
ただの獣にしろ魔物にしろ、一番手ごわいのは手負いだ。
死に物狂いの攻撃を、どうにかして避けなければいけない。
レナリアは限界を感じながらも、気力だけで立っていた。
「レナリアッ」
「危ないー!」
「水の……槍っ!」
ファイアーウルフが飛び掛かってくるのと同時に、フィルとチャムが悲鳴を上げる。
レナリアは最後の力を振り絞って、水の魔法を放った。
ファイアーウルフの硫黄の匂いがする息を感じられるほど近くに迫ったその瞬間、水の槍がファイアーウルフの脳天を突き刺す。
あと少しでその牙がレナリアに届きそうになったが――ずるり、とファイアーウルフの体が下へと落ちる。
ズウゥンと音を立ててファイアーウルフの大きな体が地面に落ちる音がする。
ホッと息をついたレナリアは、倒れたファイアーウルフのそばにうずくまった。
「レナリア!」
レナリアの名前を呼ぶ声にのろのろと顔を向ける。
「大丈夫かっ」
フィルでもチャムでもない、その声は……。
「マリウス、さま?」
誰よりも何よりも大好きでずっとそばにいたかった人が、必死の形相で走ってくる。
ああ、そんな顔をしなくても、私は大丈夫ですから……。
いつも、そう言って心配する王子をなだめていた。
レナリアが過去に思いを馳せ、懐かしさに微笑むと、その人は驚いたような顔をする。
目を閉じる前、誰かがしっかりとレナリアの体を受け止めてくれたような気がした。