第35話 奴隷、的中させる
「冷やかしなら、帰っていただいてよろしいでしょうか」
それが商人ギルドの、受付の第一声だった。
ルモティア王国の商人ギルドは王国軍側と、反乱を起こした貴族側とで大きく分かれており、この北での最大派閥と聞いた、ガヴリール商会への接触を図ってみた。だが、仕事の依頼でも何でもない俺たちは、ただの冷やかしとみなされ、話を聞いてもらうことさえなく、門前払いを食らうことになった。
「金が絡まないと、本当に話を聞かないんだな」と俺はうんざりしたトーンで言った。
俺は今まで、商人ギルドとはアルス・ディットランドとしてしか接触した経験がない。当然、王子として顔を合わせていたため、こんなぞんざいな扱いは初めてのことだ。
金、利権が絡まないと、話を聞かないとは聞いていたが、ここまで露骨だとは思ってもみなかった。
「私もここまで酷いのは初めての経験です。やはり国が乱れているというのは、そういう商人が幅を利かせる原因にもなるのでしょう」とネイヤがフォローするように言う。
ネイヤが言うように、商人ギルドに入っていく商人らしき人物は忙しそうにしているだけでなく、どこか影があるように見える。
「でもまだよかったじゃない。追い出される時に、そのガブリール商会の場所は確認できたんだから」
「あの受付の様子じゃ、ガブリール商会に直接出向いて、同じように叩き出されろって意味だろうな」
セレティアは自分が言ったことが恥ずかしくなったようで、瞬時に赤面すると顔を背けた。それとは別で、その後ろを歩くベネトナシュも、なぜか褐色の肌を赤くしていた。
「ベネトナシュ、どうかしたのか」
「ここの者は我々の姿を見ても、誰もネイヤ様が剣姫だとは気づかないのが納得いかず……」
戦争の弊害か、はたまた恩恵か、これは今や追い風となっているのだが、ネイヤ一番主義のベネトナシュはそれが不満らしい。
「それは好都合だろう。俺たちの力がわかっていたら、いらぬ勧誘が増えるだろうし、俺たちの噂がカーリッツ王国に伝わるかもしれないからな」
今は情報が途絶えるほうがありがたい。
フィーエルのこともあるため、変に噂になってもらっては困るからだ。
そんな話をしていると、俺たちの背後から、一人の男が近づいてきた。
中肉中背のその男は、商人らしき風貌をしているが、さっきから商人ギルドに出入りしていたような連中とは違い、どこかさっぱりとした雰囲気を出している。
「すみません、冒険者の方でしょうか? 私は行商をやっているトマスと申します。もしよろしければ、うちの護衛を引き受けていただきたいのですが」
男は、俺たちからかなり離れたところから声をかけてきた。
どうしてそんな所から、と周りに目をやると、ベネトナシュが睨みつけ、それに怯えていたようだ。
そんな下手に出る男に、フェクダが巻毛を揺らしながら近づいてゆく。
「ごめんね、お兄さん。今は護衛なんてしている時間はないの」
「そうですか……ここで冒険者の方を目にするのは珍しかったので」
男は頭を下げると、深い溜息を吐きながら、「困った、どうしたものか」と呟きながら背を向ける。
「ちょっと待ってくれ、あんたはここの商人ギルドの者じゃないのか?」
男は振り返り、「いえ、私はルーベリア王国のサムズ商会に一応籍を置かせてもらってますが」と怪訝な目を向けてきた。
「ルーベリア王国からやってくるのは大変だっただろう」
ルーベリア王国からここまでは、いくつもの国を跨いでこなければならず、それなりの規模の力を持っている商会なのは間違いない。
俺の中に、少しばかりの期待が湧いてくる。
「ええ、まだここへ来るのはよかったのですが、護衛につけていた者の半分を、ここのガブリール商会に引き抜かれまして、もう半分は軍のほうが金がいいということで……」と男は人が良さそうな顔を歪め、頭を軽く掻き、「カサンドラ王国にまで行けば、護衛の都合はつくのですが、そこまでどうしたものか……」と護衛役になりそうな者などいない街中に目をやった。
「それは災難だったな。しかし、レイン王国相手に複数の国が同時侵攻したのなら、カサンドラ王国の戦争ももうすぐ終わるだろう。物騒なのは、ここルモティア王国内だけのはずだ」と俺が言うと、男は凄い勢いで首を横に振った。
「とんでもない。今、そのレイン王国が押し返して、逆に大変なことになっているんですよ」
男からは冗談を言っている感じはしなかった。だが、そんな話を素直に信じられるはずもなく、情に訴える作戦かもしれない、と俺は探りを入れることにした。
「そんなわけがないだろう。レイン王国はそこまで大きな国じゃないぞ。同時侵攻に耐えられる体力はない」
「それが本当なんですよ。一時は、カサンドラ王国が率いる連合国側が押していたって話なんですが、何でも、連合国側の兵士の士気が下がってしまって大変だとか」
通常、勝利が近づいて士気が下がるなんてことはありえない。
浮かれた隙を突かれ、形成が逆転することはあってもだ。
特に、今回は連合国側の力は、レイン王国の倍以上の力にはなっているはずで、そこから逆転するのは、特別な理由がない限り考えられない。
「その士気が下がってるっていう理由は知っているのか?」
「まあ、知ってはいるんですが、……突拍子もない話でして、あまりお話するようなものではないと」
思わず笑みがこぼれたのが、自分でもわかった。
「その理由次第では、あんたの護衛を引き受けてやらないこともない。きっと面白い理由を聞かせてくれるんだろう」
「面白いかはわかりませんが、一度倒したレイン王国の将軍が、また姿を現したと」
セレティアの、ネイヤの、フィーエルの視線が俺に集中する。
「それだけではなく、他にも確実に殺したという騎士まで、生き返ったという話です」
俺の予感が的中した瞬間だ。