44話 イビルトレント
「次はチャムー」
フィルが風の魔素をレナリアに集めたのを見たチャムは、次は自分の番だと張りきった。
「ええ。お願いね」
「がんばるー」
チャムは大気の中にある火の魔素を集める。
火の精霊サラマンダーであるチャムにとって、それは生まれた時からできる本能のようなものだ。
「集めてー、渡すー。えーい」
気の抜けたような掛け声と共にレナリアに渡された魔素は、小さなサラマンダーが集めたものとは思えないほど多い。
これならばツタや根の切り口を焼くだけではなく、エルダートレントに攻撃もできるかもしれない。
「火の玉!」
レナリアは桃の枝を両手で持って高く掲げる。ぐるりと大きく振り回すと、そこには無数の火の玉が出現した。
「焼きつくせ!」
火の玉が勢いよくエルダートレントへと向かう。
炎に照らされて、レナリアの髪が朱金に輝き、タンザナイトの瞳が赤紫に染まる。
「レナリア、すごーい」
自分が渡した魔素でこれだけの魔法を繰り出すレナリアに、チャムは喜んで赤に黄色にと体の色を変えて大忙しだ。
「グガァァァ」
火の玉は狙いたがわずエルダートレントの切り口へと向かう。
ジュワッという音と共に、樹皮が焼ける匂いがした。
エルダートレントは動けないまま、その場で体をよじらせた。
目と口になっているうろの中にも火の玉が入り、エルダートレントの内部からも燃やしつくそうとする。
そのせいで、新たにツタや根を伸ばそうとしても、ままならない。
「わーい。チャムがんばったー」
「待って。何かくる」
くるくると回るチャムを、フィルが止める。
そしてレナリアの後方をじっと見つめた。
「トレントだ」
「先生たちが抑えてるんじゃなかったの?」
「全部は無理だったみたいだよ」
「まずいわ。エルダートレントの元へ行かせないようにしないと」
レナリアは振り返ってトレントの群れを見た。
さっき見た時よりも数は減っているが、思ったほどではない。
先生方の魔力は、レナリアの前世の基準からするとかなり低い。
でも生徒たちの力も合わせれば、倒しきれるだろうと思っていた。
ただ、先生方ですらあまり魔力が高くないのだから、生徒たちの魔力など手助けにもならなかったのかもしれない。
それで、こうしてトレントの群れがやってきたのだろう。
「どうして行かせちゃダメなのー?」
チャムが不思議そうに聞く。
「説明は後よ。フィル、魔素をお願い」
「おっけー!」
「竜巻の刃よ!」
フィルから受け取った魔素を魔力へと変えて解き放つ。
ゴオオと音を立てて、竜巻がトレントの群れを襲った。
荒れ狂う風の渦が、トレントたちを切り裂いていく。
だが竜巻から逃れた何体かのトレントが、エルダートレントへと向かってしまう。
「あっ」
エルダートレントの元まで辿りついてしまったトレントのツタが、その体に巻きつく。
すると、みるみるうちにトレントの体が茶色く枯れていった。
ザワリ、とエルダートレントが大きく震える。
「まずいわ。進化する」
「うわ。ホントだ」
レナリアとフィルの目の前で、エルダートレントの樹皮にはいくつもの
暗いうろでしかなかった目の奥には赤い瞳が宿り、口には鋭い歯が見える。
トレントたちの魔力を吸って、エルダートレントがイビルトレントに進化してしまったのだ。
「イビルトレントだなんて……厄介だわ」
前世よりも豊潤な魔力を扱えるようになったとしても、イビルトレントは騎士団と共に倒すべき魔物だ。
フィルとチャムの力を借りて、レナリア一人で倒せるのだろうか。
「でも、やるしかないわ」
手助けがあったとしても、レナリアほどの魔力を持つ者はいない。
騎士にしても、この魔法学園に所属するもののうち、魔力で身体の強化ができるものが、一体何人くらいいるものか……。
下手をすると、一人もいないということもあり得る。
ならば、いずれにしてもレナリア一人で対処しなくてはならない。
「ここで逃げたとしても追ってくるでしょうしね」
イビルトレントはトレントよりも早く動ける。
狼のように敏捷というわけではないが、それでもツタと根を手足のように扱うイビルトレントの攻撃範囲は広い。
こちらの攻撃も、ツタに阻まれて届きにくいだろう。
「やるしかないわ。フィル、チャム、力を貸してね」
「もちろんだよ!」
「もちろーん」
レナリアは、明らかにこちらを敵として認識して警戒しているイビルトレントに向き直って、覚悟を決めた。