第133話 奴隷、魔法を制御できず
「セレ……ティア……セレティアァァッ!!」
何が起きたのか理解できなかった。
刃が抜き去られたセレティアの胸には穴が空き、本来なら噴き出すはずの血液すら出てこない。
ついさっきまで生きていたはずのセレティアは完全に事切れ、俺の腕の中に倒れこんできた。
「しっかりしろ、今すぐ回復させる」
首を刎ねられたり、完全に体が消滅でもしないかぎり、この短時間ならば無属性時間回帰系である回復魔法をかければ助かる。
だが、無属性の回復魔法をかけようと、胸の穴は空いたままで全く変化がおきない。
本来ならこの短時間なら魂は離れておらず、時間回帰系の回復魔法をかければ時間が巻き戻り、傷が塞がるはずなのだが、全く傷は塞がらなかった。
「どうしてだ……どうして回復しないんだ……目を開けろ、おい、目を覚ませセレティアッ!」
何度も、何度も声をかけるが、セレティアの体は魔法の効力に反して、急激に温度を失ってゆく。
「アル……ス、貴様…………いったい何をしたぁあああッ!」
何も考えられない。
底なし沼にはまり、確実に死が近づいてくるような、絶望とも呼べる感覚が襲ってくる。
だが、相反するように、生への執着、殺意が全身を支配してゆく感覚も同時に沸き起こった。
何もかも呑み込み、ただ全力で暴れ、壊すだけの衝動。
だが、それでも手に伝わるセレティアの重みが、何とか冷静さを留まらせてくれる。
「今説明したばかりだろう? 滅魂魔法を、そこの私の分身に付与していたまでだ。セレティアの魂は既に肉体にはない。どうだ、転生魔法をかけやすくなっただろう?」とアルスは冷笑を浴びせる。
「セレティアと血契呪で繋がっていると知って、俺を楽に殺せるほうに逃げただけだろう」
アルスはリリウムを一瞥すると、「合理的に動いたまでだ。案ずるな、リリウムには手出しはさせんよ。フィーエルにも手は出さん。思う存分、その娘に魔法を施し、絶望する時間を味わうがいい」
死者蘇生魔法は改良し続けているが、未だ魂をこの世界に呼び戻し、定着させるには至っていない。
それを解明しないことには、セレティアは理性を持たない、生ける屍となって動き出す……。
最悪な未来ばかりが頭をよぎり、手が、頭が、心が完全に拒否してしまい、魔法を発動できない。
「ウォルスさん! しっかりしてください! セレティアさまを助けたくはないんですか!」
フィーエルが駆け寄り、俺の肩を激しく揺さぶる。
「死者蘇生魔法は完成していない……魂を呼び戻し、定着させることができないんだ。蘇っても理性を持たないバケモノになるだけだ」
「それでも……やらなければ、セレティアさまが生き返る確率はゼロのままなんですよ。それに、ウォルスさんだって……」
「まだ三日猶予はある。今ここで試すより、あのアルスを殺るほうがいい」
立ち上がろうとしたところを、今まで一言も話さず、沈黙を守って見つめていただけのアイネスが頭をはたいてきた。
「アンタ、あの人形を即倒せるの? アルスはその間に逃げるわよ、アンタと戦う必要なんてないんだから。だったら、見せつけてやりなよ。アンタが正しかったってことを」
簡単に言ってくれる……だが、アイネスが言っていることも一理ある。
今ここでセレティアを生き返らせることができないのなら、何のために俺はこの姿になってまで死者蘇生魔法を追求してきたのか。
「ウォルスさんなら大丈夫です! 私にできることがあれば、全力でサポートします」
俺の背中に手を添えたフィーエルの瞳は、死を覚悟したものに染まっている。
決して恐怖によるものではなく、力強く、誇りと決意が込められたものだ。
死者蘇生魔法が成功しなかった場合、俺がここでアルスを逃した場合、最悪のことを考えてのものだろう。
「……わかった。死者蘇生魔法をここで成功させてみせる」
フィーエルに、こんな顔をさせた自分が情けない。
今のアルスは、俺の命が三日だとわかっているため、宣言どおり、無理をして襲ってくることはないだろう。
ならば、死者蘇生魔法に全力を注ぐだけだ。
「では始める……アルス、その目に焼き付けるがいい」
「御託はいい。さっさと絶望した顔を見せてみろ」
アルスは魔法は必ず失敗する、そういう確信をもって俺を見下してくる。
自分ができなかったことが、もう一人の自分にできるわけがない。
そう思うのは当然のことだ。
だが、俺からすれば、錬金人形を操っている目の前のアルスは、俺ができないことをやってのけている。
持っている知識も同じということはない。
奴が知らず、俺だけが有している知識もあるかもしれない。
魔素変換を全力でしながら、改良した死者蘇生魔法を行使すると、セレティアの周りに魔法陣が浮かび上がる。
――――それと同時に押し寄せる、強烈な違和感。
「ぐぅっううッ!……この衝撃は何だッ」
計算上ありえない、暴走ともいえる挙動を見せる魔法に、意識が飛びそうになる。
魔法陣の中ではセレティアの傷は塞がり、服まで修復しているため、時間が戻っているのは間違いない。
骨が軋みだし、胸からズキズキとした痛みが体全体に広がるような感覚が襲ってくる。
「ははははっ! それがお前が作り出した死者蘇生魔法か! 何とも無様でお似合いの魔法じゃないか」
アルスの声が鼓膜を揺さぶる、がそれさえも徐々になくなってゆく。
目の前が強烈な光に包まれ、白い世界に意識を持っていかれそうになる感覚。
自分の魂が引き裂かれるような痛みに、肉体的、精神的、ともに限界を突破した。
「ぐぁあああああぐががががあああッ! あががががあがあががががッはがぁああああああッ!」
魔法の改良に失敗した。
しかし、この考えはすぐに却下した。
たとえ失敗したとしても、術者にこんな反動がくるのは考えられない。
ならば、この想定外の反動の原因はなんなのか。
俺は苦痛に抗うことをやめ、そのまま自分の魔法に身を委ねる選択をした。