▼行間 ▼メニューバー
ブックマーク登録する場合はログインしてください。
【web版(裏)】奴隷転生 ~その奴隷、最強の元王子につき~ 作者:カラユミ

カサンドラ王国編

33/144

第33話 奴隷、間に立つ

 ハーヴェイ・ディットランドとの約束から九日、無事、ルモティア王国との国境を超えた俺たちは、一番近くの街である、サントールへとやってきた。

 この街は畜産が盛んで、おおらかな人柄の住民が多かったと記憶している。だが、戦争が十年以上続いている影響は、こんな田舎の街にさえ強く表れていた。


 本来なら家畜で賑わっているはずの厩舎の多くが寂れ、そのいくつかは屋根が崩れかかっていた。さらに、街中には冒険者ではなく、一般兵の姿が多く見られ、その多くが少なからず傷を負い、ボロボロの装備品を身に着けていた。


「大半は、前線から戻ってきた奴隷、といったところか」と俺は冷たく言い放った。


 戦争では前線に送られる奴隷は、犯罪者や、金のために身を売った者が多いと聞く。ここで大きな戦果を上げるしか、彼らに生きる道は残されていない。

 たとえここで生き残ることができたとしても、普通の生活が送れるわけではなく、よくて強制労働、悪ければ、また違う戦地へ送られることになる。それほど奴隷というものは、存在価値が認められていない。


 俺の言葉に、誰か返事をするかと思ったが、誰も反応しないため振り返ると、セレティアたちは死んだような表情で足を動かしていた。


「どうしたんだ?」と俺が尋ねると、「ウォルスは丈夫だからいいでしょうけど、定員オーバーの馬車で九日間、それも最後の峠の悪路は最悪だったわよ」とセレティアは自分の尻を撫でながら言った。


 今回はベネトナシュたちもカーリッツ王国を退去せねばならず、俺が金を使い込んだせいもあって、安物の小さな馬車を借りてやってきたのだが、それが仇となったようだ。

 その中でも特に、体力があるはずのネイヤがほとんど喋らなかったのが気になった。


「最近ネイヤの声を聞いてない気がするが、どうかしたのか?」


 ネイヤは意を決したように俺を見つめ、そして口を開いた。


「魔法師です。魔法師が側にいるんですよ……」


「それか……」


 フィーエルに顔を向けると、首をかしげてこちらを見つめてきた。

 まさか、自分の存在だけでここまでヘコむ人物が存在するとは、夢にも思っていないだろう。

 ここはなんとしてでも、フィーエルの実力を認めさせなくては、と俺は一つの方法を思いついた。


「なら、剣の実力をみたらどうだ?」


「魔法師相手に、剣ですか? ウォルス様も冗談をおっしゃるのですね」


「冗談だって? カーリッツ王国の魔法師団長は、騎士団長に鍛えられていると聞いたことがあるぞ」


「あのダラス殿から、ですか。それでもあの身体では……」


 ネイヤは懐疑的な視線をフィーエルへと向ける。


「俺が見たところだと、ベネトナシュとそこそこやれると思うが」


「……そこまでおっしゃるのなら、一度手合わせさせましょう」





 太陽が頂点を過ぎた頃に着いたのは、かつては家畜を放牧していたと思われる空き地だ。

 凄まじい量の草が覆っていたが、それはフィーエルが魔法で全て刈り取り、その草は今や、俺やセレティアたちが座るクッションになっていた。


「剣はネイヤのを貸してやればいいんじゃないか?」と俺は、唯一たったまま観戦しようとしているネイヤに言った。


「私の剣は、一般的なものより重いですよ」


 ネイヤは無理だろうという顔を、フィーエルへと向ける。


「それで結構です」


 フィーエルは笑顔を返すと、両手を差し出す。だが、距離は離れており、手渡しできる距離ではない。

 ネイヤは軽く溜息を吐くと、腰から抜いた剣を空高く放り投げた。

 放物線を描いて飛んでゆく剣は、俺やベネトナシュなら普通に受け取れるだろうが、小柄な少女に向けて投げる代物ではない。


「ありがとうございます」


 誰の目にも、フィーエルが手にした瞬間、剣の重量に負けて倒れると映ったはずだ。だが、実際は剣はフィーエルの手に収まる瞬間に風に包まれ、その軌道を完全に変えてから手に収まった。


「ウォルス様、あれは魔法ではないでしょうか」とネイヤが嫌そうに口にした。


「だから何だ? ネイヤは魔法師は正々堂々、正面からぶつからないから嫌いなんだろう。遠距離攻撃をするわけでもないし、あれはれっきとした剣技の一つ、だと俺は思うが」


「……そうですね、魔法剣士なる者もいますし、自分の弱点を補うため、長所を伸ばすために使えるものは使う、剣士として強くなるために必要なことでした」


 ネイヤの表情は先ほどまでのものとは違い、真剣に二人の手合わせに興味を示し始めている。

 なかなかいい傾向だな、と俺も二人に顔を向けると、お互いの距離をじりじりと詰めだしていた。


「手加減はしません」


「望むところです」


 フィーエルは体全体にまで風を纏わせ、限界まで軽くした体で以って、剣士としての反応速度の遅さを、その後の速度でカバーする作戦のようだ。

 ベネトナシュが頭上から振り下ろした一撃を(すんで)のところで弾いて流すと、フィーエルは流れるような動きで連撃を食らわせる。


「魔法師とは思えない動きですね」とネイヤが素直に驚いてみせる。


 だが、やはり剣士ではないゆえに、剣筋が素直すぎて攻撃のバリエーションがあまりに少ない。


「あれじゃあ、剣に重さがない。ベネトナシュも疲れないし、そのうち慣れるな」


 いくら魔法で、軽く、速く動けるとしても、体がそれに耐えられるかは別だ。

 普段から剣士として鍛えていないフィーエルは、限界を迎えるのも早い。


「速度が落ちましたね。これで終わりですよ」


 一瞬の隙を突いて、ベネトナシュがフィーエルの胴を薙ぐ一撃を放った。

 完全に不意を突かれた一撃はかわすことはできず、ガードすれば、体が小さなフィーエルは体ごとふっ飛ばされるのは必至だった。だが、フィーエルの選択は違った。


「おあいこです」


 今まで出さなかった突きを、最後の最後で喉元目掛け全力で放ったのだ。

 その突きも、胴を薙ぐ一撃も、お互い止まることを忘れ、越えてはいけない一線を越えようとしていた。


「ここまでだ」


 俺は瞬時に二人の間に割り込み、左手に持った剣でベネトナシュの一撃を防ぐと、右手でフィーエルの手首を掴むことで動きを封じる。

 二人はしばらく何が起きたか理解できなかったのか、目をパチクリさせながら、俺と自らの剣を交互に見つめていた。


「これで、ネイヤも魔法師が捨てたものじゃないとわかっただろう」


「――――そうですね、彼女は素晴らしい魔法師であるとともに、勇気ある剣士であることも証明しました。私は、フィーエルを立派な剣士として認めようと思います」


 いや、それはちょっと違うんじゃないかな、という思いが一瞬頭をよぎったが、認めたなら何でもいいかと無視し、酒場に行って二人を労うようにセレティアに提案した。


「それはいいわね。仲良くなれたようだし、今後の方針についても話し合う必要があるでしょうし」


 柔らかい草の上で尻も休まったのか、セレティアは機嫌よく答えた。

  • ブックマークに追加
ブックマーク登録する場合はログインしてください。
ポイントを入れて作者を応援しましょう!
評価をするにはログインしてください。
書籍一巻発売中!
講談社マガポケにてコミカライズ連載中です!
i000000


cont_access.php?citi_cont_id=325416815&s

感想は受け付けておりません。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。