第32話 奴隷、評価変わらず
夜行馬車で、鉱山都市ガーディアを夕方に発った俺は、隣の席で夕焼けを眺めるフィーエルの横顔を見つめながら、転生魔法と、今まで得た情報について考えを整理することにした。
俺が転生魔法を使う以前に、死人が蘇ったなどという話は聞いたこともなかった。
邪教という存在が、ここまで問題になったことすらもなかった。
他国の争いも、起こり得ないような場所で起こっているものもある。
どれもこれも全て、俺が転生魔法を使ったあとに起きていることだ。
偶然重なっただけだ、と言えばそれだけかもしれないが、転生魔法と何か関係があるような気がしてならない。
今は邪教の情報を得て、アルスとどのように関係があるのか調べるのが先決だ。
もし、カーリッツ王国内部に入り込んでいるのなら、クラウン制度を利用して、邪教を殲滅することで、カーリッツ王国の崩壊を阻止することも可能だろう。
窓の外の、太陽が完全に沈みきった地平線に目をやり、「到着するのはかなり遅くなるな」と俺は独り言のように呟いた。
俺がフィーエルの救出に向かって、既に丸一日は経過している。
なるべく早く戻ったほうがいいのは間違いない。
「そうですね」とフィーエルは視線を窓の先の暗がりから外さず口にし、「そんな時間にご挨拶するとなると、王女殿下に失礼かもしれませんね」と淡々と答えた。
「気負う必要はない。あいつは、そんなことを気にするような奴じゃないからな」
「そうですか……それなら、私はいいんですけど」
「気になる言い方だな……」
「行けばわかります」
フィーエルの態度は明らかに今までと違い、完全に距離を置いている。王宮内でも見慣れた光景で、俺とごく一部の者を除いては、こんな態度を取っていたのを思い出す。
この態度なら、セレティアたちから関係を勘繰られることはないだろう、と俺は胸を撫で下ろした。
夜行馬車に揺られること数時間、到着する頃には日付が変わっていた。
夜風が肌寒く、宿へと向かう足も自然と早くなる。
「お帰りなさいませ、ウォルス様」
宿前で俺を呼び止めたのは、こんな時間にもかかわらず警護をしていたベネトナシュだった。
「精が出るな」
「仕事ですから当然です。それよりも、その子はどなたでしょうか」
宿の光に照らされたベネトナシュの表情は厳しく、その目は、こんな時間に少女を連れ回しているのか、と俺を責めているように思えた。
これが、フィーエルが危惧していたことなのか、とこのまま部屋へ向かうのが躊躇われた。
「この子はフィーエル・アルストロメリア。カーリッツ王国の元魔法師団長だ」
「この子、がですか?」
ベネトナシュの態度は、俺が言ったことを信用していないのが露骨に出ている。
フィーエルの全身をじっくりと観察し、首をかしげる始末だ。
「そうだ。詳しいことは皆の前で話したいが、今日はもう寝てるだろうし」
「いえ、まだウォルス様をお待ちしていると思います。昨晩もかなり遅くまで待っておられたので」
「――――そうか、なら行くしかないな……」
上手く逃げられるかと思ったが、逃がしてはくれなかった。
そんな俺を、フィーエルは少し楽しそうな表情で見つめている。
俺が王子のアルスとしてではなく、ただのウォルス・サイとして対応している姿が新鮮なのかもしれない。当時は白いものでも、俺が黒だと言えば黒になった。だが、今は俺も対等な立場となり、時には弱い立場になる。
「では全員を集め、ウォルス様が帰還した旨をお伝えしてまいりますので、少しお待ちいただいてからお越しください」
ベネトナシュは宿周辺を警護していた仲間を呼び寄せ、中へと入ってゆく。
それを見届けたフィーエルが、ポツリと呟いた。
「全員女性でしたね。ウォルスさまは、おモテになるんですね」
「そんな風に見えたか?」
「……いえ」
最初はフィーエルなりの当て付けかと思ったが、新たな関係を築くにも時間はかかるだろうし、フラストレーションが溜まるのだろう、と思った俺は何も言わず、宿へ入ることにした。
宿は高級とまではいかないが、確実に安宿ではない造りで、ネイヤたちの計らいでこのランクになったのは言うまでもない。やはり、男の俺とは違い、かなりセレティアに気を遣っている。
「邪教について調べるために出ていって、こんな時間まで心配して待っていたら、可愛い女の子を持ち帰ったなんて、これは面白い冗談ね」
部屋の扉を開けると、正面にはテーブルに両肘、その上に顎を乗せたセレティアと、その背後にはネイヤたちが横一列に並んで待っていた。
この光景を見て、尋問室だと思うのは俺だけではないはず、と思えるほど空気までピリピリしている。
「まずは、俺の話を聞いてくれ」
「常套句なら結構よ」
昨日も夜遅くまで待っていてくれたらしいし、寝不足で機嫌が悪いのかもしれない。
多少強引にでも一旦引き下がるべきか、と俺が考えていると、フィーエルが俺の前へ出た。
「お初にお目にかかります、セレティア王女殿下。私はカーリッツ王国元魔法師団長、フィーエル・アルストロメリアと申します」
フィーエルはフードを脱ぎ、セレティアの前で片膝をつく。
その姿を見たセレティアの視線が、フィーエルの髪の毛と耳へと集中する。
「あなた、エルフ……いえ、その銀髪はハイエルフね」とセレティアは言うとフィーエルの下に行き、小さなフィーエルを立ち上がらせる。
「初めて見たわ。聞いたことがあったけど、本当に綺麗な髪をしているのね」
「ありがとうございます」
「こんな時間に連れてこられて、さぞ疲れたでしょう。今日のところは休みなさい。話は明日聞くことにするわ」
セレティアはそう言うと、視線を俺へと向けてきた。
「ウォルスは帰ってきたところで悪いのだけど、今日もしっかり警護はしてくれるのでしょう?」
鬼のような人使いの荒さだが、フィーエルが休めるのは俺からすればありがたいため、素直に受け入れることにした。
「……そうだな、ベネトナシュたちも休んでいいぞ」と俺は言って、返事を聞く前に部屋を出た。
◆ ◇ ◆
翌日、朝から部屋に全員が集められると、俺一人だけが窓際に座らせられ、テーブルを挟んだ反対側にセレティアたちが座ることになった。なぜかフィーエルまでセレティア側になり、俺から聞き取り調査をする形になっていた。
「どうしてこんな形なんだ」と俺が不満をぶつけると、「それは私のセリフよ。邪教に関する調査に向かって、どうして元魔法師団長の女の子を持ち帰ってくることになるのか説明してもらうわよ」とセレティアが呆れた声で言った。
「私もバカじゃないから、この子がハーヴェイ・ディットランドが言っていた、裏切り者だって想像くらいはつくわ。でも、その人物をどうしてウォルスが助けに行こうと思ったのか、それが邪教に関係あるようには思えないのだけど」とセレティアは冷静に述べた。だが、部屋にはセレティアが床に打ち付ける足の音が、一定のリズムを刻んで響いている。
「まだセレティアには言ってなかったが、俺はあのパーティーで、ルーベリア王家の者から、商人の間で死人と出会った、という噂が出ている話を手に入れてたんだよ」
「初耳ね」
「まあ、
我ながら饒舌だった。
半分は自分で蒔いた種だが、ここで生きるとは思わなかった……。
あまりの饒舌ぶりに逆に不審に思われたか、とセレティアの顔を確認すると、一応納得している顔はしていた。
「それなら、行く前に理由くらい言ってくれてもよかったじゃない」とセレティアは拗ねるように言う。
「親衛隊相手だからな、俺も生きて帰れるかはわからなかったんだよ」と俺は真顔で嘘を吐いた。
「そういうことね……それで、ウォルスの読みは当たったのかしら?」とセレティアは隣に座らせたフィーエルへと顔を向けた。
「収穫はあったぞ。十七年前、アルス・ディットランドは一度死んでいる」
全員の目が俺へと向けられ、それをフィーエルが肯定すると、セレティアが勢いよく立ち上がった。
「どういうこと? 今のアルス・ディットランドは偽物だというの?」
「違います。……人柄は変わられましたが、本物なのは間違いないです」
「さっぱりわからないわ。生き返ったかのような言い草ね」
「本人曰く、生き返ったそうです……」とフィーエルは俯きながら言った。
ネイヤたちがざわつくと、セレティアは片手を軽く上げて黙らせた。
「ただの邪教殲滅の依頼だと思っていたのに、信じられないくらい話は大きいようね」
「ああ、だから俺たちは、ルモティア王国に一旦退避したあとも、邪教殲滅の依頼を継続する必要がある。これを放っておいては、ユーレシア王国にも必ず飛び火してくるだろうからな」
セレティアは仕方がないといった風に頭を掻くと、再び椅子に腰を下ろした。
「わかったわ。――――それで、昨晩ちらっと聞いたんだけど、私が持たせていたお金の大半を、この子の服代に使ったんですって? 随分高い買い物なのね……全然そうは見えないのだけど」
「――――ああ、悪いとは思ったんだが、焼け落ちて、肌が露出している服で歩かせるわけにもいかなかったんでな。その代わり、セレティアに魔法を指導してもらう約束は取り付けたぞ」
セレティアはフィーエルを一瞥し、「でもこの子、今お尋ね者かもしれないじゃない? 少なくとも追いかけられているのなら、ギルドでユーレシア王国に移す手続きなんてできないでしょう」と明らかに問題児扱いし始めた。
だがここで、今度はフィーエルが突然立ち上がり、「そんなの関係ありません! エルフは助けられたら、人の何倍も恩義を感じるんです。一度引き受けた依頼を断るなんてできません! 絶対指導しますからっ!」と全員が引くくらいの勢いで叫んだ。
「そ、そう? ならお願いしていいのかしら……」
「任せてくださいっ。――――それと、これをどうぞ」
フィーエルはそう言うと、例の魔導具をセレティアへ手渡した。
「ウォルスさんから、セレティアさまは複数属性を同時に扱える凄い方だと伺ったので、この魔導具が役に立つと思います」
「あら、気が利くのね。ありがとう」
今回は、フィーエルの執念勝ちといったところか。
ついでに、俺の評価も上がってそうで、流石はフィーエルだ。
「――――でも、お金を使い込んだのは別の話だから、そうね――――ウォルスには、全員の装備品の手入れでもしてもらおうかしら」とセレティアは楽しそうに言った。
どうやら、俺の評価は上がっていなかったらしい。
早速、ベネトナシュが腰の剣を外すと、テーブルに置いた。
「任せておけ、さっさと全員分置くがいい」