42話 エルダートレント
「大変! フィル、土魔法の魔素を集められる?」
「もちろん」
「じゃあお願い」
「任せて」
トレントはその根を足のように使って移動する。
だから倒す時にはまず足元の土を固めて動けないようにするのが先決だ。
「大地を固めて!」
フィルの集めてくれた土魔法の魔素を使って、トレントの足元の土を固める。
これですぐにマグダレーナとコリーンが襲われることはないだろう。
「止まったわ」
「今のうちに逃げよう!」
なぜか急にトレントたちが止まったと思ったマグダレーナたちは、急いで結界の方へと走る。
その姿を見送ったレナリアは、今のうちにトレントをどうにかしようと考えた。
「フィル。数が多いけど、倒せるかしら」
「うーん。倒せるには倒せるけど」
「けど?」
「元を倒さないと、後からどんどんやってくるよ」
「……それって、もしかして……」
「うん。森の奥に、エルダートレントがいるからね」
普通のトレントであれば、獲物を待ち構えて狩るという性質上、あれほどの数が群れることはほとんどない。
例外は、トレントたちを指揮するエルダートレントが存在する場合だ。
トレントの上位種であるエルダートレントは、配下であるトレントを生み出すことができると言われている。
エルダートレント自体は発生した場所から動けないのだが、その代わりに配下のトレントたちを使って獲物を運ばせるのだ。
そしてエルダートレントがさらに進化すると、イビルトレントになる。
エルダートレントの強さにトレントの移動力を持つイビルトレントは、レナリアの前世でも騎士団と共に戦わなければならないほどの強敵だった。
その騎士団にはレナリアの婚約者であるマリウス王子も所属していた。
世継ぎの王子以外は、騎士団か教会に所属するのが通例で、第二王子のマリウスは第一騎士団を任されていたのだ。
第三王子は教会に属していたため、聖女は教会に属するものとは結婚できないこともあって、あまり交流はなかったが、次の教皇になることが決まっていたはずだ。
第四王子は、第二騎士団に所属していた。
イビルトレントと戦う時は、その二人の王子と合同で戦うことが多かった。
それほど強い敵だったのだ。
だからイビルトレントに進化する前に倒さなくては、大変なことになってしまう。
「エルダートレントのうちに倒さないとダメね。でも……この数のトレントたちを放っておくわけにもいかないし、どうすればいいかしら」
「だったらトレントは他の人に任せちゃえば? もうすぐポール先生たちが来るよ」
「ポール先生が? 他にも先生方がいらっしゃるの?」
「うん。あと、特別クラスの先生もいる」
「マーカス先生ね」
マーカス・レイ・ハミルトンは特別クラスの担任を任されるだけあって、その実力は折り紙つきだ。
「先生方がくるなら、ここは任せられるわね」
土魔法クラスの先生もいるなら、土壁を作ってトレントを閉じこめ、そこで燃やすのが一番だ。
森に延焼する恐れもなくなる。
「じゃあ私たちはエルダートレントを倒しましょう。フィル、案内して」
「いいよ」
「チャムもがんばるー」
フィルの案内で森の奥へと向かうと、魔物の気配が強くなってきた。
力のある魔物は瘴気を放つ。
黒い靄のような瘴気が、体にまとわりついて動きを鈍くさせる。
息を吸うと、肺がズンと重くなった。
前世でもなじみのある感覚に、レナリアはふっと自分がその時に戻ったような気になってしまう。
でも、騎士団の代わりに、今はフィルとチャムがいる。
そして魔法を使っても、自分の命を削る必要はない。
「心強いわ」
レナリアが思わず呟くと、前を行くフィルの羽がきらきらと光る。
「頼りにしていいよ!」
「チャムもー。チャムも頼りになるー」
振り返って喜ぶフィルの周りを、チャムが飛び回る。
「ええ。二人とも、頼りにしているわ」
「うんっ」
「えへへー」
先に進むにつれどんどん瘴気が濃くなってくるが、フィルとチャムも不快そうにはしていてもそれほど影響を受けてはいないようだった。
それどころか、フィルはレナリアの周りに小さな風を起こし、瘴気から守ってくれている。
レナリアは迷わず、エルダートレントがいるであろう、瘴気がより濃く渦巻くほうへと向かっていった。