41話 トレント
レナリアたちが急いで火の気配がする方へ向かうと、そこには特別クラスのクラスメイトである、マグダレーナ・オルティス、バーナード・トマソン、コリーン・マードックの三人がいた。
三人とも火の精霊の守護を受けている生徒たちだ。
木の魔物であるトレントの弱点は火だ。
だから本来であれば三人で戦えばトレントなどすぐ倒せそうなものだが、学園に入りたての生徒が使える魔法などほとんどない。
小さな火の玉で攻撃しているが、その程度であればトレントの枝で払えてしまう。
明らかに、生徒たちよりもトレントのほうが優勢であった。
しかもトレントはマグダレーナを長い蔓のようなもので捕まえている。
バーナードが蔓を焼き切ろうとしているが、なかなかうまくいかない。
引きずられていくマグダレーナの体を、体格の良いコリーンが羽交い絞めにして抑えていた。
「早く私を助けなさいっ」
「しかし、僕たちの魔法ではトレントにダメージを与えられません」
「やっぱり先生を呼びに行こうよ」
コリーンはマグダレーナと一緒に引きずられながら、後ろを見る。
これが結界の中であれば、大声で助けを呼べばすぐに先生や騎士に危険を知らせることができたのだが、結界の外に出てしまったせいで、今の状態を先生たちに知らせる
「だから僕は反対したんだよぅ。結界の外に出ちゃダメだって」
いくら足を踏ん張ってもずるずると引きずられてしまって、コリーンは泣きそうになった。
「トレントの枝が手に入れば魔力が上がるって、あなたたちだって賛成したじゃない」
「そうだけどぉ」
ぐずぐずと泣きだしながらも、コリーンはマグダレーナをつかむ手を離さなかった。
「マグダレーナ、コリーン。このままではラチがあかない。僕は先生を呼びに行ってくる」
「そんなっ。私たちを見捨てるのっ」
「ううう。早く助けにきてねぇ」
火の魔法で攻撃していたバーナードは、すぐに走りだして結界の方へと向かった。
「コリーン、ちゃんと力を入れないさいっ。どんどん近づいているじゃないの、この愚図」
「うう。これでもがんばってるんだよぅ」
体は大きいが気の優しいコリーンは、マグダレーナに罵られながらも、必死に足に力を入れる。
けれどもトレント本体へと引き寄せられるのを止められない。
トレントは長くのびるツタで獲物を絡めとり、木の根の部分で捕食して自らの栄養とする。
ざわざわとうごめく根は、マグダレーナたちを捕食しようと、土の中から這い出て待ち構えている。
このままではバーナードが助けを呼んで戻ってくる前に、トレントに捕まってしまうだろう。
「フィル。ここからあのツタを切るわ。力を貸して」
「助けるの?」
「もちろんよ」
「別に仲良しでもないんだから、わざわざ助けなくてもいいんじゃない?」
「そういうわけにはいかないわ」
レナリアが苦笑すると、フィルは肩をすくめたけれど、それ以上は何も言わなかった。
「チャムも私に力を貸してくれる?」
「うん。チャム、がんばるー」
今ここで彼らを助けられるのはレナリアしかいないが、姿を現わすと後々面倒なことになりそうだ。
特にあのマグダレーナは、セシル王子の前でレナリアに絡んできたことがある。
感謝されるよりも、面倒を避けたい。
レナリアはこんなところで目立ちたくないのだ。
だからこっそりと行動して、レナリアが助けたのだということが分からないようにしたい。
「じゃあ二人とも、お願いね」
「任せて」
「まかせてー」
レナリアはすうっと息を吸うと、ツタをめがけて手を伸ばす。
「風の刃」
伸ばした指の先から、風が生まれる。
フィルが集めれてくれた風の魔素を使って、風でできた刃を飛ばす。
風の刃が、狙いたがわずツタを切る。
すかさずレナリアは次の魔法を唱えた。
「炎よ」
今度はチャムが集めてくれた火の魔素を使って、小さな火の玉を飛ばす。
フィルに集めてもらっても良いのだが、火の魔素に関してはチャムのほうがスムーズだ。
チャムはレナリアと契約しているわけではないが、フィルの子分になったので、チャムの集めた魔素を使うことができる。
ツタが急に切れたため、捕まったマグダレーナと助けようとしていたコリーンの二人は、仰向けの状態で後ろに倒れた。
「痛っ。なにしてるのよ、早くどきなさいよ」
けれど助かったというのに、マグダレーナの口から出るのは罵倒ばかりだ。
しかも下敷きにしているのはマグダレーナのほうなのに、コリーンを責めている。
もっと大人っぽくて常識のある女の子だと思っていたので、あまりの態度の違いに、レナリアは目を疑った。
でも驚いている暇はない。
トレントが再び獲物を捕らえようと伸ばしてくるツタを次々に切っていった。
カモフラージュのために燃やしておくのも忘れない。
やっと二人が立ち上がると、慌ててツタの届かない位置へと下がる。
「ダメかと思ったけど、バーナードの魔法が効いたみたいね」
「まだ若いトレントで良かったねぇ」
「せっかくトレントの枝が手に入るかと思ったのに、散々だわ」
まだ若いトレントは自由に動くことができない。
だから枝を折る事など簡単だと思って、トレントに近づいたのだろう。
「あの子たち、よくあれがトレントだって分かったわね」
「サラマンダーに教えてもらったんじゃないかな」
レナリアの疑問に、ほら、とフィルは今まで隠れていたサラマンダーたちを指差す。
そこにはチャムよりも大きいけれど、どこか薄い色の炎のサラマンダーたちがいた。
「ねえ、コリーン。私たち、このままだと結界の外に出たことを怒られてしまうわ。でもこのトレントを退治してしまえば大丈夫だと思わない?」
「ええっ。マグダレーナ、それは危険だよ」
「どこが危険なのよ。トレントは火の魔法に弱いからすぐ倒せるでしょう。ほら、バーナードの魔法でもツタを焼ききってるじゃない」
「それは、そうだけど……」
「授業でやった通りにすればいいのよ。……火よ、あのトレントに攻撃を!」
マグダレーナの火の魔法には大した威力がない。
本来であれば手足の代わりになるツタが余裕で火の玉を跳ね返すのだが、それはレナリアによって全て切断されている。
ふらふらと飛んで行く火の玉は、偶然にもトレントの目にあたるうろの中へと吸い込まれた。
すると、いきなり火柱が立つ。
トレントの内部は、意外に燃えやすいのだ。
「やったわ! どう、凄いでしょう」
胸をそらすマグダレーナに、コリーンは感心する。
だが、次の瞬間、ハッと目を見開いた。
「どうしたの?」
「マグダレーナ、あれ!」
コリーンの指さす方向には、無数のトレントの群れが静かに迫ってきていた。