第126話 奴隷、王女から認められる
翌日、イルス王は正式にユーレシア王国に話を通し、ユーレシア王国はイルス王に助力することが決定した。
こんな危険な任務に、セレティア及び、上位冒険者からユーレシア王国所属となったネイヤの同行が許されることはない。
そんな中、誰からの束縛も受けないフィーエル、アイネスは俺とともにカーリッツ王国へ行くことを希望し、俺の反対も全く聞く耳を持たなかった。
「私は何があっても一緒に行きます」
「アタシは見届ける義務があるから、アンタが何と言おうと勝手に行くわよ」
俺の言うことを聞かない二人に、俺は思わず頭をかきむしる。
イルスを一〇〇%信用したわけではないが、話を聞いたかぎりでは隠し事をしているようには見えなかった。
偽アルスに関しても、殺すのを承知の上で俺に依頼してきたため、裏があろうと偽アルスを殺ってしまえば片がつく。
「フィーエルは仕方ないとしても、アイネスには残っていてほしいんだが」
「バカ言わないでちょうだい。ここにはリゲルやガルド、それにネイヤもいるでしょう。護衛をアタシがする必要はないじゃない」
「それだけじゃないんだがな」
「魔力は安定させてるし、アタシがいなくても無茶をしなければ大丈夫なの。アンタはちょっと過保護すぎる気があるわね」とアイネスは少し困った顔で俺を見つめる。
セレティアの命は、俺の命そのものなのだ。
過保護になって当然だろう、と言いそうになったが、そこは胸の中にしまっておいた。
ムキになってもしょうがない。
アイネスが問題ないと言っている以上、俺にはどうすることもできないのだ。
「わかった。付いてきてもいいが、相手は今までで最も厄介な相手だ。正直、どうなるかわからない。それに、イルスやダラスに姿を見られないように、先に王宮を出ていてくれ」
「わかりました」
「ここに残っているほうが見つかりそうだし、そっちのほうが断然楽だわ」
肩にアイネスを乗せたフィーエルが、俺の部屋をコソコソと出てゆく。
その姿を見送ると、時間を置かずに、入れ替わるようにしてセレティアが姿を現した。
「あの様子じゃ、フィーエルも行くんでしょう」
それがセレティアの第一声だった。
特に深い意味はないのか、表情からはどんな感情なのか読みとれない。
中へ案内すると、セレティアは俺の返事を待たずに、椅子に腰を下ろした。
「アイネスも行くと言って聞かなくてな。三人で行くことになった」
「二人はユーレシア王国とは関係がないし、わたしが止める権利はないわね」
そう言ったセレティアは少し寂しそうで、怒っているわけではなさそうだ。
俺は窓辺の壁に寄りかかりながら、セレティアを観察することにした。
「セレティアも行きたかったのか」
「足を引っ張りたくないし……、別に行きたくなんてないわよ」
「最近聞き分けがいいな」
「……今までは聞き分けがよくなかったって言いたいの、かしら……」とセレティアは思い当たる節があるのか、途中で言葉を切ったあと、「あ~、多少はあったかもね」と一人反省しだした。
「ここならリゲルたちやネイヤもいるから、俺がいなくても大丈夫だろう」
「そうね、自国でそこまで心配していては生きていけないわ」
セレティアはそう言ってはいるものの、「問題はあの四人くらいかしら」とぶつぶつ呟く。
「イルス王にはなるべく近づかないほうがいいだろう。怪しいところはなかったが、用心に越したことはない」
「そうしたいところだけど、相手はカーリッツ王国の王様なのよ。最低限のもてなしはしないといけないし」
「それは仕方ないが……それでも、なるべく近寄らないでくれるとありがたい」
俺が知るイルスとは別人なのは間違いなく、まだ完全に信用できる状態ではない。
これが罠だった場合、取り返しのつかない事態に陥ってしまう。
「ウォルスがそこまで言うのなら――――注意しておくわ」
セレティアはプイッと横に顔を逸し、頬を赤らめて何かモゴモゴと言っているが、何を言っているか聞き取れない。
少々しつこく言い過ぎたか、と俺は気にしないでおくことにした。
「それはそうと、相手はあの、アルス・ディットランドなのに、やけに落ち着いているわね。相手は世界最強の魔法師なのよ」
「まあ、順当にいけば若い分、俺に分があるだろう。俺は魔法だけじゃなく、この肉体があるからな」
「上手くいけば、邪教の件は片がつくというわけね……」
邪教殲滅に関して、アルス・ディットランドを倒した、ということを公言する必要はない。
今のカーリッツ王国の民は、再びアルス・ディットランドを英雄視しているため、公言することで恨みを買うことも考えられる。
後日、邪教がアルス・ディットランドの仕業だったという報告を、確かな証拠とともに提出すればいいはずだ。
「やっと一つ依頼が完了することになるが、それで満足してやめるか、まだ続けるかだな」
「続けるにしても、残っていた四大竜三頭のうち、
セレティアは気だるそうにテーブルに肘を突くと、目の前に置かれた、何も入っていない一輪挿しを指先でクルクルと回し始めた。
「どこにいるかわからないが、まだ
「そうだけど――――もう四大竜を討伐することも普通になったみたいね。クラウン制度で国を出た時が懐かしいわ。あんなにわたしをバカにしてたのに」
セレティアは責めるでもなく、いたずら心に満ちた瞳を俺へ向け、反応を楽しんでいるのではと思わせる。
「セレティアは信じられないくらい成長したからな、今ならバカにすることはないな。なんたって、ヴィーオの特異魔法を操れるレベルにまで到達してるんだ」
「ま、まあ、それほどではあるけどね」
セレティアは急に取り乱し、一輪挿しが勢いよく倒れる。
幸いにも中に水は入っておらず、セレティアは慌ててそれを置き直した。
「……ウォルスがおかしなことを言うからよ」
「一人で何を慌ててるんだ?」
「何でもないわよ……」
気だるそうな雰囲気から一転、セレティアは背筋を伸ばす。
コロコロと態度が変わるさまは見ていて面白いが、部屋の中がさっきまでとは正反対の、重く静謐な空気へ変わってゆくのが感じられる。
「お父さまは……イルス王がおっしゃっていたフェベック領に関心があるようだけれど、わたしはそこまで関心はないのよ」
フェベック領を手に入れれば、周辺国からの扱いが当然変わるように、ユーレシア王国の立場そのものに関わってくるだろう。
今までのように取るに足らない存在から、警戒すべき存在、強いては目障りな存在になりかねない。
セレティアはそれが心配なのだろう。
「カサンドラ王国とセオリニング王国の協力はあるんだ、すぐに軍事的圧力を受けることはないだろう」
「そうじゃないのよ。残念だけど、お父さまも大臣たちも、ユーレシア王国の何倍もの領地であるフェベック領を、統治できるだけの力、能力を持ち合わせてはいないの。だから、ウォルスが少しでも無理だと思ったのなら、そのまま帰ってきてもいいから」
「そうじゃないだろう。フェベック領を手にしても、所詮はカーリッツ王国のものだ。イルス王が言っていたとおり、税だけ徴収するだけでもいいんだぞ。フェベック領の民のことは最悪考えなくても問題はない」
「それでもよ。ウォルスは無理をせず帰ってきてくれればいいの」
セレティアは語気を強め、フェベック領のことは二の次とでも言うような、王女の立場としては、いささか理解できない空気を漂わせる。
「――――もしかして、俺を心配してくれているのか?」
まあ、そんなことはない、なんて思って口にしたのだが、セレティアは当然立ち上がると俺の顔を見ることなく部屋の扉へ向かって歩いてゆく。
「そ、そんなわけないでしょう。護衛はウォルスじゃないと困るだけよっ」
それだけ言って部屋を出ていったセレティア。
あの態度を、どう捉えればいいのか……。
護衛として認められたのだけは確かなようだ。