第125話 奴隷、イルスから依頼される
ユーレシア王国には、リゲルが水属性無効魔法の結界を張っているはずで、錬金人形は侵入できない。
そのため、亡命してきたという四人に関して、そこまで警戒する必要はないだろう。
問題は、どういう理由で、どうしてユーレシア王国を選んだかだ。
回答次第では、ユーレシア王国から追い出すように仕向けなければならない。
「では、わたくしは急ぎセオリニング王国に戻りたいと思います」と俺たちを運んできたボーグが別れの言葉を告げた。
上空彼方に消えゆくボーグを見送り終わる頃、王宮からベネトナシュたちが出迎えのために姿を見せた。
「ベネトナシュ、早速で悪いが、亡命の詳細を教えてくれ」
「はっ! イルス王以下四名の方は既に王宮に入っておられます。イルス王からは、セレティア様とウォルス様にお話があるということで、話が通っております」
セレティアへ顔を向けると、ちょうど目と目が合った。
お互い感じたことは同じらしく、セレティアの表情も険しい。
自分でも、イルスに対して警戒感が募ってゆくのがわかる。
「四人が王宮入りした時の様子が知りたいんだが」
「それでしたら、騎士団長のダラス殿は戦闘をしてきたらしく、かなり傷つき、体力の消耗が激しかったため、すぐにリゲル殿が治療にあたるほどでした」
つまり、ダラスが
本当に偽アルスが、カーリッツ王国の実権を握ったのだろうか?
ダラスにだけ知らせず、アルスとイルスが組んで芝居を打っているだけの可能性も残っている。
「隣国はカーリッツ王国の息がかかっているから、わざわざユーレシア王国に来た、とみていいのかしら? ウォルスはどう思う?」
セレティアは真相を知らない第三者の立場であるため、俺のように深く考えることはない。
普通ならこの考えで問題ないのだろう、と俺は「そうだろうな」と答えるだけに留めた。
「では、イルス王との会談の場を設けてもよろしいので?」
ベネトナシュが控えめに言うと、セレティアは黙って頷いた。
◆ ◇ ◆
イルスとの会談は、ユーレシア王国を代表してのものではないため、正式なものではない。そのため、あえて王を迎えるには不相応な、飾り気のない、普通の部屋で会談することになった。
「ウォルスよ、久しぶりだな。このような形でまた顔を合わすことになろうとは、いやはや、情けないことだ」とイルスは軽く笑って答えた。
長いテーブルには、イルス、フェスタリーゼ、ダラスが座り、反対側にセレティアと俺が座ることになった。
フェスタリーゼの態度は相変わらず悪いままで、俺を睨みつけている。
「こちらも突然のことで驚いています。まさか、イルス王が亡命なさってくるとは。いったい何があったのですか」
「身内のことで恥ずかしいのだが、兄、アルス・ディットランドが私の玉座を奪い取ったのだ。老いたと言っても世界最高の魔法師、私はもとより、騎士団長のダラスでさえ歯が立たなくてな。命からがら国を脱出したというわけだ」
イルスは打つ手がないといった諦め顔で、隣に座るフェスタリーゼがそのわき腹を肘で突くほどに、一国の王としては情けない表情を作っている。
「理由はわかりました。ですが、言っては何ですが、どうしてこんな小国にやってこられたのか、それが理解できません。亡命するのなら、もっと相応しい国があったかと思われます」
そう俺が口にすると、今度はセレティアが俺のわき腹に肘を入れてきた。
それを見たイルスがくすりと笑う。
「それはそなたに会談を申し入れた理由そのものだ。ウォルス、そなたに、兄アルス・ディットランドを討ってもらいたいのだ」
イルスが言った瞬間、部屋が冷たくなるような錯覚を覚える。
次の瞬間、フェスタリーゼが両手をテーブルに叩きつけた。
「お父様、それは初耳です。いくら何でも伯父様を討てだなんて、酷すぎます。それに、そんなことをこの男に頼む道理もありません。ましてや、この男に伯父様が……」
フェスタリーゼはイルスに怒りを込めた声をぶつける。
それを見つめていると、苦虫を噛み潰したような顔を俺へと向けてきた。
「お父様は何か勘違いしているだけよ。あなたのような凡人に、伯父様に勝てるわけがないのに。あなた、あの時お父様に何か入れ知恵でもしたんでしょう」
「入れ知恵とは人聞きが悪い。俺がどうしてそんなことをする必要があるんだ」
「そうだぞフェスタリーゼ。失礼なことを口にするでない。このウォルスは、属性無効魔法を無詠唱且つ、短時間に発動できるほどの魔法力を持っているのだ。それは、兄に匹敵するほどの魔法力と言っても過言ではない。剣術に関しても、ダラスよりも上なのは証明されているのだぞ」
父イルスの言葉に、顔を横に背け、一言も喋らなくなるフェスタリーゼ。
そんな娘の姿に、イルスはただ深いため息を吐くだけだ。
「そこまで私を買ってくれるのありがたいのですが、私の力がアルス殿下に通用するかもわかりませんし、第一、イルス王からそのような依頼を受ける関係ではありません」
確認を取るようにセレティアへ顔を向けると、セレティアからも「そうね、引き受ける義理がありません。このウォルスは、ユーレシア王国にとっても貴重な戦力なのです。万一失うようなことがあれば、損失は計り知れません」という答えが返ってきた。
「こちらもタダでとは言わん。兄を討ち、私が再び王の地位へ戻ることができたなら、フェベック領を今後百年にわたり、ユーレシア王国に帰属させようではないか」
さっきから横を向いていたフェスタリーゼとダラスの顔色が一気に変わり、慌ててイルスを止めるが、イルスは構わず話を続ける。
「これでカーリッツ王国の南半分から莫大な税を徴収できるであろう。その全てをユーレシア本国へ送り、この地を豊かにするもよし、百年後の独立を見越し、戦力を整えるのもよし、好きにすればよい」
「何を考えているのですか! そんなことをすれば、カーリッツ王国は二流国家、いえ、三流国家に落ちぶれるのは必至です。そうなれば、隣国から攻められるかもしれません」
フェスタリーゼが焦るのも当然で、フェベック領はディットランド家が治めている飛び地で領土も大きく、最重要拠点と言っても過言ではない場所だからだ。
「このまま兄が暴走すれば、そのカーリッツ王国そのものが危ういのだ。このくらいは飲むほかあるまい。それほどまでに、兄の力は強大で誰も敵わぬのだ」
「一つよろしいでしょうか」
親子喧嘩を始めようかという二人に、俺の一言が冷や水を浴びせる形となる。
冷静さを取り戻したイルスが、おもむろに振り返った。
「何かな?」
「アルス殿下について、どうして急にイルス王を追い出すような暴挙に出られたのか、心当たりはございますか?」
「そんなものあるわけないでしょう」とフェスタリーゼが強い口調で言うと、ダラスは無言で、ゆっくり首を縦に振った。
しかし、イルスは心当たりがあると思わせるほど、眉間に深いシワを作った。
「詳しいことはわからないのだが、何か特定の魔法に
「わかりました。私は問題ございませんので、あとは陛下に話を通していただき、それで許可が出れば、すぐにでもカーリッツ王国へ向かいたいと思います」
セレティアも黙って頷く。
ロンドブロ家としても、フェベック領はとんでもない領地であり、喉から手がでるほど欲しいのは間違いない。
陛下にこの話が通れば、すぐにでも準備に取り掛かるだろう。
「それはありがたい。何としても、兄の暴挙を止めてもらいたい。期待しているぞ、ウォルス」