35話 小さなサラマンダー
それにしても、飛び回るフィルはともかく、サラマンダーの姿が他の生徒たちにも見えてしまうのではないかと、それが心配だ。
レナリアは慌てて周囲に視線を向ける。
ローズは貴族だけあって、ナイフに魔力を通すコツをつかんだようだった。まだ光は薄いが、持続して魔力を流すことに成功している。
エリックも一瞬だけナイフを光らせるのに成功している。
まだ光らせることができないのは、今までエアリアルを否定してきたランスと、魔法に触れる機会の少なかったエルマの二人だけだ。
ランスはナイフに向かって悪態をつきながらも、「いや、今のはフォルスに言ったんじゃない」と、自分のエアリアルに慌てて弁解している。
少しずつ、エアリアルに歩み寄ろうとしているのだろう。
マリーは手に持った魔石を彫るのに集中していて、顔を上げる気配はない。
「フィル、戻っていらっしゃい」
今ならば、生徒たちに注目されないだろうと、レナリアは声を出してフィルを呼ぶ。
フィルは羽を小刻みに動かして怒っているようだ。
「レナリアの守護精霊はボクだけなんだから!」
「……知ってるもん。だからちょこっと契約してもらうだけだもーん」
「ちょっとでもダメ!」
「いじわるー」
ぴゅんぴゅんと飛び回る小さな炎は、とても目立つ。
いくら他の生徒たちが課題に夢中になっているといっても、そのうちサラマンダーに気がつくだろう。
そのサラマンダーがレナリアの元に来たらどうすれば……。
……知らない振りをしましょう。それしかないわ。
レナリアは、そう決心した。
「私もレナリアと契約するー!」
「ダメったらダメ! レナリアも何とか言って!」
フィルは羽を振動させながら怒っている。
「私はフィルが一番大事なの」
レナリアは誰かに聞かれてもおかしく思われないように言葉を選びながら、サラマンダーに優しく語りかける。
「ボクもレナリアが一番大事だよ!」
あれだけ怒っていたフィルが、すっかり機嫌を直してレナリアの周りを飛び回った。
小刻みに震えて異音を放っていた羽は、今ではキラキラと輝いている。
「だから、フィルを悲しませたくないのよ」
「やだやだー。私も悲しいもーん」
小さな炎が更に小さくなる。このままでは消えてしまうと焦ったレナリアは、どうしようかとフィルを見た。
「大丈夫、消えないよ。だってこいつ、レナリアに姿を見せられるくらい力をつけてるもん」
フィルはレナリアに近づこうとする小さな炎を抑えながら、頬をふくらませた。
(他の人にも見えてしまうと思うの。それは……困るわ)
レナリアはフィルにだけ聞こえるように、心の中で呟いた。
「それは大丈夫だよ」
確かに周りの生徒たちには、不思議なことに小さなサラマンダーが見えている様子はない。
もしかしてレナリアにしか見えていないのだろうか。
「うん。生まれたての精霊は誕生の祝福に包まれてるから誰にでも見えるんだけど、すぐに大気に隠れて見えなくなっちゃうんだ。この間もそうだったでしょ?」
あの時――。
小さな精霊たちが、色とりどりに、星屑のような光をはらみながら飛んでいた。
あれが祝福の光だったのだろうか。
まるで光の海の中を漂っているかのような幻想的な光景を思い出して、レナリアの口元が上がる。
「でも成長してある程度魔力が大きくなれば、こうして人の目にも見えるんだ。大きくなりすぎると、逆に見えなくなっちゃうけどね」
どういう意味だろうと首を傾げるレナリアに、フィルは得意げに説明をする。
「うーん。何て説明すればいいのかなぁ。ほら、ボクたちエアリアルは基本的に人の目には見えないでしょ? それはボクたちの魔力が大きすぎて、人には見えなくなっちゃうからなんだ」
それならば魔力が小さい生まれたての精霊は、誰にでも見えるのではないだろうか。
「それがねー。人間って不便だから、小さすぎても見えないみたいだよ。レナリアくらい魔力があれば、小さかろうが大きかろうが関係なく精霊の姿が見えるんだけどね。さすがに生まれたてホヤホヤは無理だろうけど、こいつくらい育ってれば見えるよ」
つまり可視領域の問題だろうか。
魔力の少ないものは狭い範囲の対象しか見えないから、魔力の小さい精霊や、魔力が大きい精霊は見えず、中くらいの精霊の姿しか見えない。
反対にレナリアのように魔力の大きいものは、どんな精霊でも見えるということなのだろう。
とりあえずこの小さなサラマンダーはレナリアにしか見えないらしい。
それは安心できる。
「うわーん。泣いちゃうんだから。うわーん」
でもまだ問題は解決していない。
サラマンダーに諦めてもらうには、どうすれば良いのだろう。
レナリアは途方に暮れてしまった。