第25話 奴隷、華麗に舞う
セレティアを中央舞台の真ん中に連れてゆき、顔を突き合わせ距離を取る。
初めてのパートナーの場合、ダンスの構成は難度によっていくつか決まっている。
だが、今流れている曲は、本来、初めてのパートナー相手に息が合うような曲ではない。
だが俺はやる、そして、セレティアもやってやる、とそう目で訴えかけてきている。
(準備はいいな?)
(いつでも始めなさい)
互いに心で会話はできている、と俺は勝手に解釈した。
他の組が先行して踊りだすが、流石に腕に覚えがあるだけあって、なかなかの腰使いをしているのが見える。
まず俺が動き出すと、セレティアが一瞬驚いたような表情になった。
俺が選んだ技の難度に驚いたのか、それとも、俺の腰のキレに驚いたのかはわからない。だが、セレティアも挑戦的な態度でそれに食らいついてきた。
もう他の組なんてのは関係ない。
俺のダンスレベルは、他の組の連中の追随を許すことはない。
俺についてさえくれば、それだけで勝利は揺るぎないものとなる。
今はただ、セレティアがどこまで俺のレベルについてこられるか、それを見極める時間にすぎないのだ。
十六歳ということで、いつもは子供としか見ていないセレティアが、艶かしくキレのある動きで、俺を挑発してきた。それに釣られるように、俺もついつい本気になってしまう。それでもセレティアの腕の振り、腰使い、ステップは、どれも必死ながら、俺についてこられるだけの技量はあるようだ。
(笑顔を忘れるなよ)
(言われなくても、わかってるわよ)
セレティアは苦しいだろうに、大人顔負けの、色気のある素晴らしい表情を見せてくれる。
弾ける笑顔、可憐と妖艶を併せ持った舞い、それらはダンスを観ていた者たちにも伝わり、最初は俺たちに期待していなかった連中が、俺たちのダンスに心を奪われているのがわかった。
そしてそれは、勝敗が決した瞬間でもある。
終盤になると、もはやダンスをしているのは俺とセレティアだけになり、他の組の連中はダンスをやめ、観客の一部となって終わりを迎えた。
最後に大胆に抱き寄せたセレティアの額には、キラキラとした汗が浮かび、これが何とも美しく感じることができた。こんなことを思うとは、久々のダンスに、俺自身高揚してしまったらしい。
齢四十七にして、十六の娘相手に青春を謳歌するとは……意外と悪くない気分だ。
セレティアとともに観客に向かって礼をすると、しばらく静寂が続いたあと、これでもかというほどの拍手が一斉に沸き起こった。
「いきなりあんな構成のダンスをするなんて、信じられないわ」とセレティアは笑顔を振りまきながら悪態を吐く。
「セレティアなら、必ずこなしてくれると信じてたからな」と俺も負けずに、心にもなかったことを笑顔で答えた。
「そ、そんなの当然でしょう。わたしを誰だと思ってるのよ」
セレティアは少し上擦った声で答えてから、拍手が鳴り止んだ中央舞台から離れるため背を向ける。だが、そこに再び一つの拍手が鳴り響いた。
拍手を続けるその人物へ全員の視線が集まり、そこで俺は、それが誰なのか気付いてしまった。誰にも教えられることなくわかったその人物こそ、ハーヴェイ・ディットランドで間違いなかった。
服、仕草、品格、そんなものではない。
そこには俺の子と呼ぶに相応しい、俺の血を確実に受け継いでいると断言してもいい顔立ちの少年が、こちらに向かって歩いてきたのだ。
「……ハーヴェイ・ディットランドか」
「うん? よくわかったね。ボクはこのパーティー以外じゃ、ほとんど顔は見せないんだけど」とハーヴェイは楽しそうに笑う。
「君たちがフェスタリーゼと問題を起こしたっていう、セレティア王女殿下と、確か、ウォルスだったかな。初めまして、ボクは……ってもう自己紹介はいいね」とハーヴェイは少年らしい笑顔を向けてくる。
ハーヴェイからは、敵意は感じられない。
周りの連中も俺たちの正体がわかった途端、噂の者だとコソコソと話しながら、好奇の目を向けてきた。
「そこまでわかっていて、俺たちをどうするつもりだ?」と俺は少々強めに言った。
だが、ハーヴェイには脅しが効かないのか、キョトンとした表情を向けられた。
「まさかとは思うけど、ボクが君たちをフェスタリーゼに渡すとでも思ったのかな? それともここで捕縛するとか?」とハーヴェイはケラケラと笑う。だが、すぐさま真剣な顔になり、「考えてもみてよ、そんなことをする意味がないじゃないか。フェスタリーゼに利することをしても、ボクの働き損だしね」と本気で口にした。
「従姉弟だろ。利するも何も関係ないだろ。それにお前はディットランド家だぞ」
「従姉弟でも嫌いだから、ボクとしては関わりたくないんだよ。それに君を捕まえなくても、国に利益をもたらすことはできる」とハーヴェイは俺の目の前までやってきて、「率直に言おう、君たちには今すぐカーリッツ王国から出ていってもらいたい」と俺の胸に腕を伸ばし、指を押し付けてきた。
「――――できないと言ったら?」
「んー、それは困ったな――――さっきは素晴らしいダンスを観せてもらったし、これでも最大限の譲歩をしたつもりなんだけどね」とハーヴェイはまた楽しそうに笑い出した。
「ボクが得た情報じゃ、君たちが邪教の手先だとすると、動きが派手すぎるんだよね」
「――――なら、このまま見逃せばいいんじゃないか?」と俺はさらなる譲歩を要求した。
しかし、ハーヴェイは呆れたように顔を横に振ると、背を向け俺から離れた。
「それはダメだね」とハーヴェイは力強く答えた。
「こちらも先日、結構な大物が裏切ってくれてね、今はちょっとピリピリしてるんだ。だから、火種になりそうなものは、なるべく排除しておきたいんだよ」
大物の裏切り――――やはり、内部に邪教関係者がいるのか、と俺は当時の、重職に就いていた者を思い出そうとした、が意味がないためやめることにした。
十七年もあれば、俺の知らない者も相当数入り込んでいるだろうし、過去の仲間をそういう目で見るのも申し訳ない。
だがこれで、カーリッツ王国をどうにかしなきゃいけない、という思いがさらに強くなった。
俺がそんなことを考えているとも知らず、ハーヴェイは話を続け、「――――それでさ、親衛隊に粛清させようとしたんだけど、反撃されて逃げられちゃったんだよ。今は数を増やして追ってるから、そろそろ殺れるとは思うけどね」と何でもないように言った。
親衛隊は、騎士団と魔法師団のエリートから構成された、エリート中のエリートだ。
そいつらに反撃して逃げられる者なんて、俺が知る限り、ダラスともう一人しかいない。だが、そいつが邪教に手を染めるなんてことは、絶対にないと断言できた。
俺がエディナ神に誓ってもないと言い切れるそいつの名は、フィーエル・アルストロメリア。
かつて俺が命を助けたエルフの少女であり、魔法師団の団長でもある。
そのフィーエルが、カーリッツ王国を裏切るなんてことはありえないし、想像すらできない。
こうなると、親衛隊よりも必ず先に見つけ出し、話を聞かなくてはいけなくなった。
邪教とカーリッツ王国との関係、そして、アルス・ディットランドについて。
残された時間は限りなく少なく、これが俺の答えを決めた。
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