第123話 奴隷、急いで帰還する
「状況がわからない以上、俺から離れるなよ」
「はい!」
フィーエルを連れて建物の外に出ると、そいつらはゆっくりした動作で、瓦礫の陰から姿を現した。
ヴルムス王国の民と思われる老若男女、中にはヴルムス兵や他国のものと思われる鎧を着た者もいる。
「ウォルスさん、これは……」
「フィーエルが考えていることで、ほぼ間違いないだろう」
全員不自然なほどに均一の魔力、そして感情を持ち合わせていないかのような表情。
九分九厘、これは人ではない。
「お前たち、いったいどこからやってきたんだ」
俺の言うことなど聞こえていないのだろう。
全員剣や斧、子供にいたってはそこらに転がっている煉瓦や岩の破片を手にし、問答無用で襲いかかってきた。
「フィーエル、下がっていろ」
人ではないとわかってはいても、流石に子供の形をしている者をフィーエルが攻撃できるはずもない。
敵の速度は常人と変わらず、特に問題にするものはない。
手始めに、ヴルムス兵の胴を蹴りで両断するも、案の定、血は噴き出さない。
「やはり錬金人形か。それも今までのとは違って、自立型ときたか……」
まだ人格はないようだが、以前のただの廃人とは違い、明らかに目的があって殺しにきている。
おそらく今まで魔力を感じなかったのも、誰かがこの場に入ったことで錬金人形が動き出す
ここでは魔力を補充できないため、それが合理的なのもあるが、一番の目的はここへ入った者を殺し、錬金人形へ変えることだと思われる。
しかし、どうして錬金人形だったヘルアーティオを、わざわざこの状態に戻したのか……もう用済みとでもいうのか?
それとも、ただ魔力の維持が厳しいのか?
どちらにしても、どの国にもこの情報が流れていなかったのが問題だ。
俺の想定以上に、各国の軍内部に錬金人形が紛れ込んでいることになる。
「今すぐセオリニング王国に戻るぞ。確かめたいことがある」
「わかりました」
急いで飛竜の下へ向かう。
錬金人形が人と飛竜を区別しているとは限らない。
万が一にも飛竜に何かあれば、ピンネ、強いてはセオリニング王国に貸しができるとみていい。
しかし、飛竜の下へやってきた俺たちが目にしたのは、そんなことはただの杞憂でしかなかったと思える光景だった。
「こいつの中では、錬金人形は人というカテゴリーには入ってないようだな」
錬金人形の歪な魔力と、飛竜の気性の荒さが功を奏したに違いない。
飛竜は向かってくる錬金人形を尾で大地に叩きつけ、時には噛み砕き、復活する錬金人形を蟻を殺すように何度も何度も攻撃を加えて潰していた。
「悪いが今すぐセオリニング王国に戻ってもらう。行けるな?」
飛竜は一度、耳を
◆ ◇ ◆
セオリニング王国の王宮では、俺のあまりに早すぎる帰還に、衛兵が慌ただしく駆け回っていた。
飛竜を元の竜舎に戻しているさなか、リンネが息を切らして竜舎へ飛び込んできた。
「ウォルス殿、もう討伐を終えたのですか!?」
「話はあとだ。それよりも、ヴルムス王国へ行って偵察をしていた者を、今すぐここへ集めてくれ、一人残らず全員だ」
リンネは俺が言っている意味がわからないのか、しばらくキョトンとした表情のまま佇み動かなくなった。
「ヘルアーティオは既に骨になっていた。その報告をしていなかった者は、既に人ではなくなっているはずだ。こう言えば理解できるか?」
「まさか……ウォルス殿がおっしゃられていた、錬金人形というモノが、我が軍に入りこんでいるということでしょうか!」
「そういうことだ。まだ実際にそれを目にしたことはないだろう? 早く連れてくれば、それをここで見られることになるはずだ」
リンネが血相を変えて竜舎を出てゆく。
その間、少なからず負傷していた飛竜に、回復魔法をかけることにした。
飛竜はもう完全に俺の支配下に入り、リラックスした様子で背中を預ける。
「こうやって見ると、馬とそう変わりませんね」
フィーエルが飛竜に手を伸ばそうとした瞬間、飛竜が低く唸るような声を発した。
「そうでもないみたいだな」
「……馬、ではなかったですね」
フィーエルが苦笑しながら後退りすると、竜舎の外が騒がしくなる。
「リンネさんが戻ってきたにしては、殺気立ってますね」
フィーエルとともに竜舎の外へ出ると、そこには遠巻きに大勢の兵士が四人の兵士を囲み、その四人の隣にはヴィクトルとボーグが立っていた。
「余のセオリニング王国に、邪教の手先となった人形が紛れ込んでいると聞いたのだが」とヴィクトルは、隣で両手首を締め上げられた四人の男を見下ろす。
「ウォルス殿、それは本当の話なのですか! それに、暴食竜も既に骨になっていたなどと……それでは先日の会談が全て、無意味だったということになるではありませんか――――」
ヴィクトルよりも、ボーグのほうが焦った様子で、ヴィクトルに止められる始末だ。
兵士をかき分けるように、リンネがセレティアたちを連れてくると、全員の視線が俺へと向けられた。
「それは斥候として、ヴルムス王国に出向いていた者で確かめればいい。それがそこの四人か」
俺が男たちに目を向けると、恨みを込めた瞳で見返してきた。
四人が斥候としてあの場所にいたというのなら、全員が錬金人形、もしくは偽アルスの手先ということになる。
男たちは俺に向けていた目を、隣に立つヴィクトルへと変える。
「陛下、どうして俺たちがこんな目に遭わなければいけないのです」
「私どもが何をしたというのです! 冤罪です、早くこれを解いてください」
「この男に騙されているのでは? そうだ、そうに違いない!」
必死になって叫ぶ男たちの前で、俺は右手に水属性無効魔法を纏わせた。
この場でこれに気づくのは、フィーエルとアイネスくらいだろう。
周りで見つめる兵士たちは、男の顔に手を伸ばす俺を、奇異の目で見つめるだけだ。
「悪いな、まずはお前からだ」
四人の中で一番若い男の顔を掴んだ瞬間、男は一瞬にして爆ぜ、銀色の液体と化した。