第24話 奴隷、バトルに挑む
パーティーは既に始まっているにもかかわらず、主催者であるハーヴェイ・ディットランドの姿はまだないため、俺はこの中で大物であろう人物を探すことにした。
成金連中の話を一々聞くよりも、そういう連中から最も情報を得ているであろう人物と、直接話すほうが手っ取り早い。
「――――もしやあなたは、ルーベリア王家の方では?」と俺は声をかけた。
最初に目についた六十過ぎくらいのその男は、豪奢な椅子に腰を掛け、丁度取り巻きが去っていったところだった。
男は腹は出ているがそれなりに品があり、他の連中とは違って派手ではなく、随分仕立てのいい服を着ている。その服の形はルーベリア王国特有のもので、特にその高級な生地は王族が好んで身につけるものと記憶にあった。
「ほう、よくそんなことがわかったな。わしでさえ忘れていたものを」と男は嬉しそうに話す。
男は王家の中でも下の下の扱いとなっている家系の者らしく、もうただの一貴族としか思っていなかったらしい。
「そなたは、どこの国の者なのだ?」
「田舎の弱小国出身なので、名乗るほどでは」と俺は暗に拒絶してみせた。だが男は、「構わぬ。その眼識を養った国を知りたいのだ」と迫ってきた。
「ユーレシア王国です」
「ほう、ユーレシア王国とな……聞いたことがあるような、ないような……」
「でしょう……はははっ」と俺が力の抜けた笑いをしてみせると、男は「わしが知らぬのなら、どうせつまらぬ国なのだろう。どうだ、わしの処に来ぬか。そなたなら、いい働きをしてくれそうだ」と半ば本気で言ってきた。
つまらぬ国、という言葉がどうにも癇に障り、少しだけだが、セレティアの気持ちが理解できた気がした。
この怒りか虚しさかわからない感情……こういう態度で来られると、セレティアと違って俺はイライラするようだ。
「滅相もない。そのお言葉だけ、ありがたく頂戴します。――――話は変わりますが、最近は邪教が勢力を拡大しているようで、先日もフェスタリーゼ様が怪しい者と対峙なされたとか……」
俺が邪教の話を振ると、男は「そんなことも聞いておるな。確か相手は、ユ、ユ、なんとか……」とユーレシアの名前を思い出そうとしているのか、首をひねり出した。そんな姿にすぐさま俺は顎に手を当て、思い出したフリをしながら「確か北の果てにある、ユミリア王国と言いましたか」と適当な名前を出した。
「ユミリア……そんな名前だったような気がするな。うむ」と男はしっくりいったような表情を作る。
これはこれでイラッとするが、それ以上に、噂の詳細が広まる速度が早く、安易にユーレシアの名前を出してしまったことに内心ヒヤヒヤが治まらない。
「商人の中にもおかしな噂をしておったし、市井は危険な処よの」
「おかしな噂ですか?」
男はテーブルに置かれていたグラスに手にし、中に注がれている黄褐色の酒を軽く回転させると、「邪教の集団に襲われたやら、死人に出会ったやら、バカなことを申しておったな」と口にした。
「死人ですかっ!?」と俺はさきほどのヒヤヒヤもあって、今度は驚きを隠さず前面に出した。
俺以外の誰かが死者蘇生魔法を完成させた、なんてことは通常考えられない。俺がアルスだった当時、そんなことができそうな奴はいなかった。しかし、アルス・ディットランドは生きていることになっている。
――――誰かが俺を生き返らせたのか、という疑問が思い浮かぶが、それはありえないだろう。俺の魔法ですら、現状は生きた屍が限界なのだ。それに、もし成功させていたなら、俺は何者なのか、という疑問が生じる。
邪教と王室が関わっているのなら、邪教がどうやってそこまで入り込めたかも謎だ。
話が複雑になりすぎて、今の情報だけでは足りない、という結論に至ってしまう。
こうなれば王宮に直接乗り込んだほうがいいのか、などと考えていると、数人の男たちが話に混ぜてくれとやってきた。いかにも噂話が好きで口が軽そうな男たちだったため、俺は適当に話題を変えてからその場をあとにした。
有益な情報だったが、どの国で起きた事案かなど、詳細を聞けなかったのが惜しいな、というわけで俺は次の標的を探すことにしたのだが、そうはさせてくれなかった。
「――――ではここで、腕に自信がある方、中央舞台へ」と広間全体に声がかけられる。
それを合図に、今まで待機していた音楽隊が盛大に演奏を開始した。
広間に響く演奏に乱れはなく、聴く分には問題ないのだが、俺は「マズいな……」とこぼした。
流れている曲はアップテンポの激しいもので、ダンスを少々たしなんだ程度では到底踊れないものだ。もし、こんな曲でセレティアを誘うバカが現れでもしたら、大変なことになりかねない。
想像通り参加者は数組しかいなく、ほとんどの者は見物するだけのようだ。
パーティー参加者は既に数百にはなっており、その合間を縫って入り口の方へと進むと、反対側から中央舞台の縁を駆けてくるセレティアが視界に入った。俺を見つけると、さらに速度を上げる。もうすぐ手が届くというところで、それは起こった。
「きゃっ!」とセレティアが小さな悲鳴をあげる。
明らかに故意と思われる女の手が伸びると、セレティアを一段下の中央舞台へ突き落としたのだ。
俺は咄嗟に速度を上げ、中央舞台でセレティアを受け止めた。
「怪我はないか?」
「え、ええ、何ともないわ。でも――」とセレティアは不安な顔で周囲を見回した。
「最悪な状況だな」と俺も続けて言った。
数組しかいない中央舞台へは、全ての観客からの視線が集中しており、当然俺たちも注目されてしまっていた。さらに、ダンス参加者からは、お前たちも当然踊るんだろう、という挑発的な目を向けられている。
このまま恥を晒して引き下がると、これ以上このパーティーに参加していられなくなる。それに、俺は少々負けず嫌いなところがある。
「やるしかないか。――――問題はセレティアだな」と俺はセレティアへと顔を向けた。
「どうしてわたしが問題なのかしら? わたしは、ウォルスのほうが心配なんだけど」
「問題ない。しっかり勉強済みだ」と俺が胸を張って答えると、「勉強でどうにかなるものじゃないでしょ。それとも、サイ一族は奴隷で戦闘一族なのに、ダンスまで習得するというの?」とセレティアが呆れるように言ってきた。
「……それは知らん」
「じゃあ、パートナーと踊ったことがないんじゃない」
「どうにかなる。――――しっかり俺についてこいよ、セレティア」
「それはこっちのセリフよ」とセレティアが大きくため息を吐いた。そして、「どうして、こんなことになっちゃったのかしら……エディナ神は過酷な試練をお与えになるわね」と天を大きく仰いだ。
こうして、俺たちの負けられないダンスバトルが始まった。