第23話 奴隷、パーティーに参加する
俺の記憶の中では、エレントスという町は田舎の小都市の一つに過ぎなかった。その小さな町で、私的な、遊び程度のパーティーをしているのだろうと高をくくっていたのだが、実際、目の前に姿をあらわしたエレントスは、俺の記憶とは全く違った発展をしていた。
大きな屋敷ばかり建ち並ぶ異様な光景は、どうやれば十七年でここまで発展するのか、という疑問が俺を激しく混乱させた。
「そんなに険しい顔をして、本当に大丈夫なの?」とセレティアが向かいの席から呆れた目を向けてくる。
パーティーが行われる屋敷へと向かう馬車の中で、セレティアは久しぶりのドレスに浮かれていたようだが、パートナーである俺が、こんな余裕のない態度を取っていることにご不満らしい。
「ああ、問題ない。想像より大きなパーティーかもしれないと考えていただけだ」と俺は考えることを放棄して答えた。
「初めてのパーティーで緊張しているのかと思ったわ」
セレティアは、からかうように言うと白い歯を見せる。
だがよく見ると、その表情とは違って、強く握られた両拳は小刻みに震えていた。
ユーレシア王国のような凄まじい弱小国は、貴族を集めてのパーティーもなさそうだし、セレティア自身がこの規模のパーティーは初めてなのかもしれない。と俺は予想を立てた。
そうやって考えると、パートナーが奴隷の俺では、大恥をかく可能性もあるわけで、こうやって強がって見せるのは逆に可愛らしく思えた。
「セレティアのドレスもよく似合っている。何も心配することはない」
そう俺が言った瞬間、セレティアの肩がピクリと跳ねた。
「そ、そう? そんなことが言えるくらい余裕があるなら、もう大丈夫そうね」とセレティアはぷいと顔を窓の外へと向けた。
赤いドレスはエレントスで見つけた店で購入したものだが、色は落ち着いていて仕立てもよく、上等といって問題ない代物だ。
この町でこのレベルが普通に置いてあるということは、やはり、この町は見かけだけではなく、金を持った連中が集まっているということだ。カサンドラ王国の男を助けた時に受け取った金で済ませられたが、決して安い買い物ではない。
「そろそろ着くわね」とセレティアから気合が込められた声が発せられる。
馬車が停まった先には、一際大きい石造りの建物が姿を現した。
壁にはディットランド家の紋章である、比翼の龍を簡略化したものが堂々と掛けられている。
「ディットランド家の面汚しめ……」
「ウォルス、何か言った?」
「いや、何も……ただ、この警護を見て多少緊張しただけだ」
建物の入り口には受付が二人だけだが、建物の周りには大量の衛兵が配置されている。セレティアもそれを見て、「それだけ大物が来るんでしょう。この様子なら、ネイヤたちはかなり遠くで待機することになるわね」と少し心配そうに言う。
俺の腕にセレティアの手を添えさせ、扉前の受付に言われるがまま身分証を提示した。ここからは想定していたものだが、案の定、受付の二人の表情が曇る。
「……ユーレシア王国の、ロンドブロ家の方、ですか――――お前知ってるか?」と受付の男がもう一人に尋ねた。
「国なら大概覚えているが、そんな国は知らないな――――でも、身分証は本物のようだぞ」と男は確認した途端、態度を改める。
「これは大変失礼いたしました。どうぞ中へお入りください」
身分証はギルドが発行したものを提示したため、疑いようがないものだ。
俺は胸を撫で下ろしつつ足を進めたが、セレティアの足が少し重く感じた。
「どうかしたのか?」と俺は足を止める。
セレティアは、なんでもないわよ、と言うが、少し涙目になっているのがわかった。こう何度も、自国の存在が知られていないと叩きつけられれば、悔しいのもわかるというものだ。だが俺にその感情が湧いてこないのは、俺にユーレシア王国の人間になったという自覚が足りないのだろう。いい加減この意識を変えたいところだ、とセレティアの腕を少し引き寄せ、再び足を進めた。
会場には既に何十人という男女が入っており、その華やかな衣装や国を自慢しあっている醜い姿が目に飛び込んできた。
一段下の中央はダンスのために確保されている空間であり、その周りのテーブルには立食形式の食事が大量に並べられていた。一部の者は座って食事を楽しんでいるのが見える。
「ここの者たち全員が、王族や貴族なのかしら?」とセレティアが不思議そうに周りに目をやる。
俺が見たところ、王族や貴族はいるにはいるが、それはごく一部で、大半は金の力でのし上がってきた連中で間違いない。粗野な態度の者が多く、着ている服も洗練されておらず、無駄に金をかけているだけだ。
「違うように見えるな。商売で財を成した者が多いんじゃないか」
「ふーん、まあどちらでもいいんだけど。できれば早くここは終わらせて帰りたいわね」
セレティアの目にもここの連中の印象はよくないらしく、いい答えを返してきた。
まだ若く経験は浅いが、見る目はしっかりあるようで、こちらとしても気持ちがいい。
「じゃあ、さっさと情報を集めるとするか」
ここの連中はパートナー自慢が終わると、各自バラバラの行動を取っている。
俺も一人のほうが行動しやすいため、セレティアには食事をしていてもらい、一人で行動することにした。ただの会話くらいなら、セレティア一人でも問題ない。あるとすれば、ダンスが始まった場合だけだ。贔屓目に見ても、この中でセレティアより美しい女は見当たらないため、いくら子供っぽいセレティアでも、何人もの男から言い寄られるのは間違いない。断るにしても悪目立ちしすぎる。
「俺は話を交わしにいってくる。セレティアはそこで、美味いものでも食べて待っていてくれればいい」
「それは嬉しい提案ね」とセレティアは早速テーブルに向かおうとする。
「ただし、もしダンスが始まったら男に言い寄られる前に、そうだな……あの柱の後ろに隠れてくれ」と俺は入り口の扉に最も近い柱を指差した。
「わかったわ。ウォルスが嫉妬しないように、ちゃんと隠れるようにするわ」とセレティアは悪戯っぽい微笑を浮かべる。
「は? それ、違うから……っておいっ」
俺の言葉を聞くことなく、セレティアは食事へと向かった。