第122話 奴隷、ヴルムス王国で遭遇する
飛竜という種は、世界の半分の国も所有していない、貴重な移動手段であり戦力でもある。
元々魔物の亜種であるため気性が荒く、育てるのに時間がかかるうえ、騎手との相性も関係するという金食い虫の一面もあるため、それなりの数を揃えられるのは限られた国だけとなっている。
セオリニング王国の騎士団で飼われている飛竜は、およそ四〇〇。
全体的に育ちがよく、これならリンネの飛竜に期待が持てる、と俺はリンネが待っている厩舎へフィーエルとともにやってきた。
「今まで見た飛竜より、一回り大きいですね」
フィーエルが飛竜を見上げ、感心するように漏らす。
リンネの後ろに控える飛竜は、それほどまでに他の飛竜とは違っていた。
ボーグが乗っていた飛竜も立派だったが、目の前の飛竜はさらに鱗や筋肉の張り、威圧感、その他諸々が別種かと思えるほどに違う。
「これがリンネ自慢の飛竜か」
「今まで私以外に騎乗できたことがない、王国一の飛竜です。その分、飛行速度は保証いたします」
淡々と答えるリンネに、フィーエルが不満に満ちた目を向ける。
そんなフィーエルの視線を遮るように、俺はリンネとフィーエルの間に自然と体を割り込ませた。
一番速い飛竜を用意するように頼んだのは俺であり、リンネはその要請に応えたにすぎない。
ヴィクトルとボーグも知っていたはずだが、あの場で何も言わなかったのは、俺なら問題ないと判断したためだろう。
――――飛竜と騎手との相性は結局の所、魔力の波長が合うかどうかにすぎない。
要は、飛竜の魔力の波長に自分の波長を合わせればいいのだ。
言葉では簡単だが、この波長を自在に変えられる魔法師はいないに等しい。
波長を変えるには、扱える属性が大いに関係するからだ。
普通の魔法師ではいざ知らず、全属性扱える俺には造作もない。
「いい飛竜だな。少しヤンチャそうだが」
手を伸ばした俺に向かって、飛竜からこれ以上ない威嚇を浴びる。
今にも牙を突き立ててきそうな勢いだ。
「ウォルス殿! 不用意に手を出されますと――――」
いきなり手を出した俺に、ピンネが慌てた様子で止めに入ったが、俺はそれを無視してさらに近づいた。
魔力の波長を細かく調べるには、直接触れる必要があるが、魔物の亜種とは言っても、所詮飼いならされた動物でしかない。
魔力循環を強めにして、誰が上なのかはっきりさせると、飛竜に怯えが見え始める。
「魔力の流れも荒々しいな……」
怯えながらも牙を向け続ける飛竜の肌に触れ、魔力の波長を合わせると、次第にその怯えが消えてゆく。
「凄いですね……まさか、この子が抵抗しないとは思いませんでした」とピンネは感心したように呟いた。
俺なら大丈夫だと判断したんじゃないのか……。
どういう意図でこいつを勧めたのか気になるところだ。
本当に俺が最速の飛竜を要望したため、それに従っただけだというのだろうか。
「どういうことか聞いてもいいか?」
「服従させるのは無理だと思っていたので、私も騎手として同行しようという作戦だったのですが……戦力はあるに越したことはないでしょう?」
「そういうことなら残念だったな」
「いい作戦だと思ったのですが、仕方ありません」
ピンネはスッキリした表情になると、厩舎の扉を開ける。
「真の英雄を送り出すのも悪くありません。よろしくお願いいたします」
「アイネスがわがままを言うかもしれないが、甘やかさないように頼む」
一瞬驚いた表情を見せ、すぐさまクスクスと笑い出すピンネ。
「それは陛下が許さないかもしれません」と一言だけ返事をして俺たちを送り出した。
◆ ◇ ◆
「本当に速いですね」
「しっかり掴まっておけよ」
「はいっ!」
フィーエルの手を俺の腰に回させ、背中に顔を押し付けさせる。
それほどまでに、この飛竜は速い。
ボーグが乗っていた飛竜の、二割増しといったところだ。
眼下に見える景色が、激流のように流れ、消え去っていく様は気持ちが良い。
「フィーエル、ヘルアーティオには手を出すなよ。あれは俺が決着をつける」
「わかりました。私は後方から見守るつもりです」
イーラとの戦いで、誰かを守りながら戦うことが苦手だと思い知らされた。
気にせず全力で戦うためにも、フィーエルには戦場から離れていてもらったほうが助かる。
作戦など必要ない。
今の俺なら、以前ほど苦戦することもなく勝てるはずなのだ。
ヘルサント王国を迂回し、遠回りの北側の経路を辿り、ヴルムス王国ベルオートに到着したのは翌日の昼前だった。
かなりの高度にいるにもかかわらず、破壊された街が確認できる。
四方八方に広がる大地を抉る魔法痕は、かなりの手練がヘルアーティオと戦った証左だ。
しかし、その光景を前に、違和感だけが心の中に広がってゆく。
「ウォルスさん……どこにもヘルアーティオの気配がありません」
「移動したなんて報告は受けていない……それだけじゃないようだぞ」
それに、ヘルアーティオを相手にしたにしては、破壊された街が原型を留めていることが腑に落ちない。
戦ったのは間違いないだろうが、あまりに一方的。
人間側からの攻撃、としてか思えない被害のように見える。
ヘルアーティオならば、街は形を残していないはずなのだ。
「魔力感知魔法では、この街には魔力が感じられない。民は避難したとしても、少なくとも各国の偵察隊はいるはずだ。そうでなければ、ヘルアーティオの居場所を、今も特定し続けることなんてできない」
何かがおかしい。
それはフィーエルも同じらしく、一番被害が大きい、王宮のそばに降りて辺りを散策することにした。
戦闘の傷跡は確かにあるのだが、それにしては、肝心のアレが全く転がっていない。
暴食竜という名は、その留まることを知らない食欲からきている。
ここまで激しい戦闘になったのなら、ヘルアーティオは手当たり次第人間を喰らい尽くすはずなのだ。
それは錬金人形になっても変わることはないはずで、錬金人形としての形態を維持するためにも必要だと思われる。
だが、それらしい死体、痕跡が全くといっていいほど見当たらない。
「瓦礫しか見当たりませんね……」
フィーエルもそのことに気づき、この作られたかのような状況に戸惑いが見える。
上空からは見えなかった王宮の中に入り、物音一つしない空間を進んでゆく。
薄暗い建物の天井の一部が崩れ、光が差し込んでいる広間で、それは俺たちの前に姿を現した。
決してあってはならないはずのもの。
存在しては、全てが狂うもの。
かつて、俺がクロリナ国へ献上、保管するように渡した姿のまま、それは転がっていた。
「……ウォルスさん……これは、ヘルアーティオの
フィーエルの怯えた瞳の先にあったのは、人の背丈の数倍の大きさの竜頭蓋。
「どういうことだ……、誰かが既に討伐したというのか」
そんなことが可能なわけがない。
たとえ可能だとしても、討伐したのなら、報告があがってきていてもおかしくないはずなのだ。
だが、実際にこの場所に、これが存在し、何も報告があがってこなかった理由があるとすれば,
考えられるものは一つしかない。
「ウォルスさん、何かが近づいてくる気配があります」
「この魔力は……人間、なのか?」
魔力感知魔法に引っかかるのは弱々しく、どれも均一な強さの魔力。
それが大量に俺たちのほうへ集まってきていた。