第121話 奴隷、二度目の戦いへ意欲を示す2/2
「集まってもらったのは言うまでもない、昨日の会談が残念な結果に終わり、俺が取るべき行動が決まったからだ」
会談の翌日、俺はセオリニング王国を離れることなく、再び会談の部屋にいた。
円卓を囲むのは各国の要人ではなく、セレティア、フィーエル、ネイヤ、おまけとしてアイネス。
セオリニング王国からは、俺のことを知る、ヴィクトル、ボーグ、そして、任務を終えて王宮に戻ってきたリンネだ。
「ゴーマラス、ギスター、ルエンザ、オッサリアの各護衛がカーリッツ王国に向かう前に、俺はヘルアーティオを討伐する」
「おお、自ら進んで討伐に向かうとは、まさにエディナ神の使い。余も喜んで協力させてもらう」
ヴィクトルがこういう反応を示すのは予想の範疇で、ボーグの表情も肯定的に捉えているのがわかる。逆に、こうなったほうがよかったとさえ思っているフシがある。
それとは対照的なのが、リンネ・ピンネワークスだ。
「では、我ら魔法庁からも手練を何人か用意しましょう。陛下もそれでよろしいですね?」
「リンネ・ピンネワークス、勝手に俺の話を中断しないでくれ。誰も兵がほしいとは言っていない」
真面目だったリンネの表情が、さらに厳しいものへと変わる。
「暴食竜は四大竜の中でも、最凶の竜。紛い物とはいえ、ヴルムス王国を一夜にして壊滅させた竜ですよ。慎重を期して動く必要があるかと思われます」
「それはわかるが、必要ないだけだ。一人のほうが動きやすい」
リンネが息を呑み、その目をセレティアたちへと向ける。
いくらなんでも、一人で行くとは思っていなかったのだろう。
「過去の記述が確かならば、暴食竜は四属性同時相殺も可能な竜ですよ。いくらイーラを討伐したといっても、無茶かと思われます」
確かに、ヘルアーティオは四属性同時相殺可能なうえ、魔法防御力も異様に高い。
それゆえ、俺も究極の全属性同時行使という、負荷が大きい魔法を使わざるをえなかったのだ。
しかし今回のヘルアーティオに関しては、属性無効魔法に弱いという特性があるはずで、俺の肉体も当時のものとは比べ物にならない。
一人で十分こなせる、そう思い言葉を発しようとしたその時、今まで静かだった部屋に一際大きな声が響いた。
「それなら私が行きます。私はウォルスさんが使えない属性もカバーしてますから」
フィーエルは俺が断るのを遮るように声を張り、俺が拒否できないように、力強い眼差しを向けてくる。
「そうね、フィーエルが適任だわ。わたしは足手まといになりそうだから、ここに滞在させてもらえるといいのだけど」とセレティアはいつになく物分かりのいい返事をし、催促を促すようにヴィクトルの返事を待つ。
「余はかまわぬぞ。ウォルス殿が討伐に向かうのなら、どんなことでも手伝わせてもらうつもりでいる。あれを放置して、こちらに来られると被害が甚大ではなくなるのでな」
ヴィクトルから了承を得たセレティアは、そういうことよ、とでも言いたそうな顔を向けてきた。
何を企んでいるのかは知らないが、フィーエル一人なら戦闘に参加させなければ特に問題にはならず、断る理由を探すほうが面倒ではある。
「わかった。フィーエルは連れていこう。ネイヤとアイネスはセレティアを頼む」
ネイヤはゆっくりと頷いてみせ、アイネスは「アンタがそこまで言うのなら、やってあげてもいいわよ」と上から目線の返事をした。
「では、いつ出発なさるおつもりで? ゴーマラス王国以下、四カ国がアルス殿下と接触する前だとは思うのですが、そうなるとかなり早く向かわなくてはいけません」
ボーグはそう言いながら立ち上がり、壁に掲げられている地図の前へと歩いてゆく。
地図はヒューヴリヌ大陸の西半分、セオリニング王国を中心として描かれているものだ。
「暴食竜がいるとされているのは、ヴルムス王国の王都ベルオートですが、そこまでの道のりで一カ国だけ、我が国と国交がないヘルサント王国があるのです。そこは主要都市が立ちはだかるように並び、さらにこの国は飛行魔法すら禁止にしているので、最短経路で向かうのは実質不可能となっております」
また知らない国名が出たが、もう驚くことはない。
地図を見る限り、北への道を塞ぐように長く伸びた国で、この国を避けると往復で二日は余分にかかりそうではある。
それにしても、飛行禁止法を施行しているのは珍しい。
カーリッツ王国でも採用していたが、治安維持、防衛に関しては利点があるが、何かと不便なことも多い。
しかし、今の情報でどこにヘルアーティオがいるか把握することはできた。
ボーグが指差した王都ベルオートは、俺の記憶にあるレムート公国の王都と同じ場所で間違いない。
「そういうことなら、明日中には出発しよう。悪いが、セオリニング王国で一番速い飛竜を頼む」
「――――では、私の飛竜をお貸ししましょう。我が国でも随一の速度を誇ります」
先ほどまでとは違い、ピンネは何も意見せず、あっさりと提案を呑んだ。
◆ ◇ ◆
セレティアに与えられた部屋は、誰のものよりも広く、豪奢な家具が揃えられている。
ユーレシア王国の王女への待遇としては適切ではある。
しかし、当の本人はそんなことはどうでもいいようで、目の前の椅子には座らず、壁一面の嵌め殺し窓の細い窓台に腰を下ろしていた。
「不思議そうな顔ね」
冒険者の服装のセレティアには、今はこちらのほうが似合う。
「セレティアなら付いてくると思ったからな」
「理由は言ったでしょう。もう大きな魔法はやめておいたほうがいいんだし、付いていくだけ邪魔になるだけなのはわかっているもの。それに、ここなら安全でしょ」
「まあな。ネイヤとアイネスがいれば、セオリニング王国が裏切ったとしても大丈夫だろう」
「物騒なことは口にしないほうがいいわよ。どこで聞き耳を立てているかわからないんだから」
セレティアはくすりと笑い、目の前まで軽い足取りで近づいてくる。
言葉とは裏腹に、全く気にしている様子は見受けられない。
「聞かれていたほうが警告になって好都合なんだがな」
「偶に本気か冗談かわからないことを口にするわね」
セレティアは部屋の中央に置かれたテーブルの席に着き、俺に正面の席に座るように促してきた。
俺もそれに従い、黙ってそこへ腰を下ろす。
「必要ないとは思うのだけど、無茶はしないようにね」
「紛い物とはいえ、ヘルアーティオ相手に、無茶をしないで済む保証はできないな」
「それじゃあ、言い方を変えればいいわね。必ず帰ってくること。ヘルアーティオの討伐は問わないわ」
討伐できなければ逃げてでも帰ってこい、そう言っているようにも捉えられる。
俺が帰ってこられない事態ともなれば、当然、同行するフィーエルも無事では済まないことを意味する。
今回もそれを理由にしてでも、無事帰還しろということなのだろう。
「善処しよう」
「素直じゃないんだから」
セレティアは笑顔で答えると、テーブルのティーポットに手を伸ばす。
「イーラもそうだったけど、とんでもない功績のはずなのに、クラウン制度的には、全く恩恵を受けないわね」
「そこは諦めるしかない。カーリッツ王国のアルス・ディットランドが相手になっている以上、一歩間違えばユーレシア王国が危うい立場になるからな」
「とんだ貧乏くじね――――だけど、ウォルスが護衛だったことは、誰よりも恵まれているんでしょうね」とセレティアは笑いながら答えた。