第21話 奴隷、今後を模索する
今の攻防を見つめていたフェスタリーゼは両肩を震わせ、さっきまで余裕をみせていた表情は、今にも爆発しそうなほど険しいものになっていた。
「ダラスッ! どういうつもり!?」
この言葉に全てが込められているのは、カーリッツ王国の元王子である俺が一番理解できた。騎士団長が無様に地に這いつくばらされた行為、それは国の威信に泥を塗ったに等しいのだ。王族としては看過できるはずがない。
「申し訳ありません。あの小僧の力、本物のようで侮れません」
「そんなことは関係ないのよ。あなたは騎士団長でしょう。あのような無名の男にいいように弄ばれて、このままむざむざと引き下がれると思ってるんじゃないでしょうね」とフェスタリーゼはダラスに向かって吐き捨てるように言った。
これは俺との実力差を理解したうえで、玉砕覚悟でやれと言っているのと同義だ。
フェスタリーゼの醜態は、今のカーリッツ王国の凋落をよく表していた。
周囲が見えず、体面にばかりこだわる無能ぶりは、イルスの教育がなってないことを意味している。
ここまで決定的な差があるのなら、一旦引き下がるのが正しい判断なのだが、まだ若いフェスタリーゼにはそれがわからないのだろう。
「フェスタリーゼ様、ここは引き下がるのが得策かと思われます」とダラスはフェスタリーゼに頭を下げた。
「このままおめおめと引き下がり、私に恥をかけと言うの?」
「申し訳ありません。私一人の力では、この者に勝つのは不可能でございます。今は策を練るべきかと思われます」
「よく私にその言葉を言えるわね。帰ったらどうなるか覚えておきなさいッ!」
フェスタリーゼは顔を真っ赤にしてダラスを叱責すると、俺をこれでもかと睨みつけてきた。
「今日のところは見逃してあげるわ」
「いや、これからも見逃してもらわないと困るんだが」
「図に乗るのもほどほどにしておくことね。次は軍を動かすわよ」
フェスタリーゼはそれだけ言うと、ダラスとともに背を向け去っていったのだが、最後に、ダラスがこちらに向けていった目が印象的だった。助けを求めるような、敵だが敵とも思っていないような、自分でも理解できていない感情で満ちていた。
ダラスの様子では何か裏があるのだろうが、今のままでは情報が足りない。
どうにかして情報を集められたらいいんだが……。
酒場の前で行われた一悶着が終わると、今までそれを見ていた連中が、蜘蛛の子を散らしたようにいなくなった。今の騒動を酒の肴にして呑むためや、面白おかしく広めるためだろう。
俺がどうするべきか、これからのことを考えていると、ネイヤが俺の前で片膝をつき、「ダラス殿より実力は上だとは思っておりましたが、ここまで差があるとは……流石、ウォルス様です。私も足を引っ張らないよう、努力したいと思います」と潤んだ瞳で俺を見つめてきた。
すると、「いい空気のところ悪いんだけど、ネイヤはわたしに仕えてるのよ? そこは間違えないでもらいたいわね」とセレティアが俺とネイヤの間に割って入ってくる。
俺は軽くため息を吐いて、ネイヤを立たせた。
「そうだぞ、ネイヤ。事あるごとに俺ばかり褒めていたら、セレティアの立場がない。臣下ならセレティアを第一に考えなくては」と俺はわかった風にネイヤに説明してやった。
そうですね、とネイヤはセレティアに向かって、「申し訳ございません。セレティア様を差し置いて、私が先にウォルス様を褒めるなどと出過ぎた真似をしてしまいました」と俺が言ったことを全く理解していない発言に、俺は軽い目眩を覚えた。
「言われてみれば……褒めるなら私が先に褒めてあげるべきよね」とセレティアは俺の肩に手を置き、「よくやったわ、ウォルス。カーリッツ王国の騎士団長相手に、あそこまでやるなんて大したものよ」と大仰に肩を叩き始めた。
そんな調子の二人に向かって、「二人ともわかってるのか?」と俺は真剣に問いかけた。
今の状況は最悪そのもので、このままフェスタリーゼが俺を見逃すわけもなく、一刻も早く次の一手を打たなければいけない場面なのだ。だが、セレティアは「何のこと?」と全く緊張感がない。
「このままなら近いうちに、フェスタリーゼが再び動いて俺に接触してくるんだぞ」
「なら、またウォルスが追い返せばいいじゃない。どうせ濡れ衣なんだから」とセレティアはあっさり答えた。
俺からすれば濡れ衣でもなんでもなく、良心の呵責を感じるんだが。と答えられるわけもなく、どうしようかと頭を悩ませる。
「今回は体面もあって、大ごとにはしないだろうが、次は俺個人ではなく、カーリッツ王国対ユーレシア王国の問題にされるぞ。そうなれば、弱小国のユーレシアに勝ち目はない」
「それでは、一刻も早くカーリッツ王国を出たほうがよいのでは?」
ネイヤは即答するが、事はそう上手くはいかない。
「依頼の件が全く捗っていないし、何の手がかりもなく去る、なんてことはできない」と俺が強く言うと、ネイヤは首にかけていた首飾りを触り始めた。
「何をしてるんだ?」と俺が声をかけると、「ベネトナシュに連絡しているのです。手がかりになるかはわかりませんが、何かネタを手にしているようです」と首飾りをこちらに向けてきた。
「魔導具のようね」とセレティアがそれをじっくりと鑑定しだした。
「はい、居場所と簡単な連絡事項程度は伝えられるものです」
セレティアは首飾りを手にしながら、「ふーん、じゃあその話を聞いてから決めても遅くはないわね」と俺の同意を得るように見つめてくる。
「それが最善だな」と俺が答えると、ネイヤが笑顔で、「ありがとうございます。ベネトナシュたちも、きっとよい情報を持って帰ってくると思います」と少女のように目を輝かせ喜びを表した。