第20話 奴隷、姪っ子と出会う
女の声を受け、店中の者が俺たちのほうへ視線を向ける。
セレティアまで俺に向けていて、一言言ってやりたかったが、今はそれどころではないようだ。
「俺だが、何か用なのか?」
「口の利き方がなってないようね。私が誰だかわからないのかしら?」と女は傲慢な態度で近づいてくる。
「あなた、この国の人間ではないようね。私はカーリッツ王国第一王女、フェスタリーゼ・ディットランドよ。今すぐ店を出なさい」
「王女殿下……」と俺は驚きを隠せない。
第一王女ということは、この娘は俺の姪であり、弟イルスの娘ということだ。
初めての出会いとしては、最悪な部類なのは間違いない。
「少しは自分の立場がわかったようね。理解したのならさっさと出なさい」
店に迷惑をかけるわけにもいかないため、大人しく店を出ると、通りには見慣れた顔がいた。
――――王国騎士団の団長である、ダラスだ。
俺が知っているダラスよりも白髪が増え、立派な顎ヒゲを蓄えているが、鋭い目つきは変わっていない。
フェスタリーゼはダラスの後ろに下がると、こちらを厳しく睨みつけてきた。
「そなたが、ゴブリンゾンビを討伐したという冒険者か」とダラスが昔よりも低い声で言う。
「報奨でもくれるのかと思えば、そんな雰囲気はないな」と俺は少し馬鹿にしたように返した。
俺の後ろにセレティアとネイヤが立つと、ダラスの眉がピクリと動く。
「そなたは剣姫か。ユーレシアなる国に落ち着いたと聞いたが、その二人がユーレシアの者というわけか」
「そうです。それをわかったうえで、私たちに何用でしょうか?」
ネイヤがダラスに殺気を放つ。
だが、ダラスは相手にする様子もなく、それをただ受け流している。
「ネイヤ、やめておけ。あとは俺が相手をする」と俺はネイヤの前を塞ぐと、ネイヤは大人しく殺気を鎮めた。
「それで、俺たちに何か用なのか? 礼ならいらないぞ」
「ゴブリンゾンビを討伐したことには礼を言わねばならんが、原因を作ったとなれば話は別だ」とダラスは真面目に言う。
「何のことだ? 原因? ははははっ――――冗談は余所でしてくれ」
「冗談ではない。我々はゴブリンゾンビが現れたという森に、昨晩一人の男が入っていくのを目撃した、という証言を得た。それが貴様と似ていた、ということまで突き止めている」
ダラスとフェスタリーゼは確信を持って、俺のところに来たのは間違いない。だが、俺の後ろにいるネイヤとセレティアは、今の話を全く信用している様子はない。
「ただ似ていただけで、そんな疑いをかけられる覚えはない。俺はその夜、このセレティアの警護をしていたからな」と俺は強い口調で答えた。
ここでセレティアが俺を疑ったら、全てが終わってしまう。
何をしていたか答えるように言えば、俺は逆らうことができない。
もしくは、俺に魔法が使えるか聞くだけで、セレティアが俺を信用する要素がなくなってしまう。
俺は何も質問するな、という念を込めてセレティアに目を向けた。
「ウォルスの言うとおりよ。変な疑いをかけるのはやめてもらいたいわね」とセレティアはダラスに向かって言った。
ダラスは軽く首を振るとため息を吐き、剣を抜き放った。
その剣気は当時から衰えていないどころか、さらに凄みが増している、と俺は感じた。当時は俺が王子だったため、手加減していたのかもしれない。
ビリビリと肌を刺すような気配は、殺気とも違う威圧感で、純粋にダラスの実力からもたらされているものだ。
「貴様らが、邪教殲滅という依頼を受けていたのもわかっている。身を隠すのなら、これ以上うってつけの場所はない」
ダラスはどうやら、俺たちが邪教を広めていると踏んでいるらしい。
「憶測だけで言っていいのなら、アルス・ディットランドは十七年前に死んでるんじゃないのか? カーリッツ王国の凋落ぶりをみれば、邪教に付け込まれるのも納得だ」
俺が言った瞬間、ダラスに明確な殺気が宿る。
「そんな噂をどこで聞いたのだ。王族に対する侮辱は許されんぞ」
「教える必要はないな」
殺気を放つダラスの肩を、背後からフェスタリーゼが掴んだ。
「伯父様は健在よ。今朝もご挨拶をしてきたのに……こんな侮辱は死に値するわ、覚悟はできているのよね」
フェスタリーゼに嘘をついている感じはしない。
何よりダラスのような実直な男が、俺の死というワードに素直に怒りで反応し、俺が嘘を見抜けないほどの演技をするとは思えない。
「その話が本当かどうか、騎士団長殿が力で証明してくれるんだろ?」と俺は腰の剣を抜き放った。
「貴様には話を聞かねばならんからな、死なぬ程度に力の差を思い知らせてやろう」
「年寄りなんだから全力でかかってこい。あとから言い訳されるとかなわないからな」
ダラスが剣を構え、齢五十七とは思えない剣気をさらに放出する。
そろそろ衰えてもいい頃なんだが、まだまだ現役らしい。
俺も剣を構え、剣身に全神経を集中させた。
「小僧、死ぬなよ」
ダラスはそう言うと、踏み込みと同時に何百という斬撃を放ってきた。それはもう体全体を覆う盾と称するに相応しく、最強の防御と攻撃を兼ねているものだ。だが、その攻撃を俺が理解しているということは、この何百という斬撃が見えていることに他ならない。
見えているものに対処できないほど、今の俺の肉体は貧弱ではない。そして、それはダラスに隙を与えるには十分なものだ。
「老いたなダラス」
十七年前のダラスならば、この程度のことで隙を見せることはなかったかもしれない。だがこの十七年、これだけの力を維持し、自分よりも上の力の者が現れなかったのが仇になったのだろう。慢心は隙を作るには十分すぎる理由になる。
俺はダラスの剣を全て弾いてみせてなお、それを上回る速度で完全にダラスの剣の自由を奪った。そのうえ、ダラスが見せた隙を一瞬で突き、ダラスの頭を掴むと地面へと叩きつけ、そのまま押さえつけた。
――――そして、アルスである俺が生きているのなら、必ず付き従っているはずの精霊の名を、誰にも聞こえないよう、ダラスの耳元で囁いた。
「アイネスはアルスに従っているのか」と。
ダラスの表情が天地がひっくり返ったのを目にしたかのように変わり、言葉に詰まっているのがわかった。だがすぐに、「どうして貴様がそのようなことを知っている」と俺にしか聞こえない程度の声で威嚇してきた。
「さあな。でも、その様子じゃ従っていないようだな」と俺はダラスの頭を押さえつけていた手を放し、改めて距離をとりなおした。