第148話 奴隷、変わり果てた教皇を目にする
「やあ、あんさんら、この国の人やないね。この時期にやってくるっちゅうことは、やっぱりアレを見にきたってわけかいな。それにしても、女連れとは酔狂やな」
馴れ馴れしく話しかけてきた男は、そのまま店員に向かって酒を注文しだした。
普段なら相手にすることもないだろうが、何かを知ってそうな口ぶりから、セレティアも仕方がないといった顔を向けてきた。
「悪いがアレじゃわからないな。俺たちは偶々ここへやってきた、ただの冒険者だからな」
男は驚いた表情を見せ、「そりゃある意味幸運やないか。おもろいもんが見られるんやから」と得意気に語る。
「何が見られるんだ?」
「――――教皇の処刑や」
あまりに衝撃的な事実に、言葉に詰まる。
セレティアも顔を引きつらせ、口をぱくぱくさせるだけだ。
「どういうことだ。そんな話、全く耳に入ってこなかったが」
「決まったんは三日前やし、クロリナ教の敬虔な信者やった民が、わざわざ広めるわけないしな。ここにおる連中は、きっとおもろいことになると思うて、十日以上前から前乗りして待機しとったんや。そやから、あんさんらは運がええっちゅうことや」
三日前が本当かどうか、今はそれはあまり重要ではない。
記憶が改竄されている以上、そういうことになっているだけかもしれないからだ。
しかし、あまりに衝撃的すぎる教皇の処刑という事実に、頭の整理が追いつかない。
「教皇の処刑とは物騒だな。そこまでするということは、例の邪教と関係があるのか? 確かエルドラという人物が中心だったと聞いたが」
「それは表向きや。裏で手を引いとったんが、教皇ルデリコ・ファーボットっちゅうわけや。今までわからんかったらしいけど、最近になって悪魔が取り付いてるような、おかしな言動ばかりするようになったっていうんやから納得やで」
「おかしな言動?」
「教えたってもええんやけど、コレは奢りやんな?」
男は店員が持ってきた酒を片手に、念を押すように俺とセレティアの顔を交互に見てきた。
セレティアが頷くと、男は「ごっそさんやで」と酒を呑み始める。
「――――で、どんなおかしな言動だったんだ?」
男は俺の言葉を遮り、「あんさん、焦っても何もええことないで」と言いながらグラスを空にすると二杯目を注文する。
「それがな、『自分の右腕やったエルドラなんて知らん。お前らの方こそ、エルドラなんて男をでっち上げて、自分を嵌めようとしてるんやろ!』てな感じで発狂しまくっとるらしいわ」
俺も教会内部のことには詳しくないため、元々エルドラという人物を知っているわけではない。
それでも、記憶を改竄するだけでは、エルドラという人物をこの世から消し去ることはできない。
ならば、アルスとイルスが相打ちで仕留めたエルドラという人物は、本当に存在していたのか?
いたとすれば、本当に死んでいるのか?
そこから疑い始めなくてはいけなく、教皇はそれに気づいているのか、それともそういう記憶になっているだけなのか……。
今はいくら考えようと、ただの憶測にしかならない。
「ところで、あんたはエルドラという人物を見たことはあるのか?」
「当然やがな。スラッとしたええ男やったんやけどな、まさか、あのアルス殿下とやりあうなんてなぁ」
「それなんだが、あのアルス殿下とやりあうだけの実力なんてあるのか? 俺は信じられないんだが」
「さあ、それは知らんなぁ。ただ、
ここへきて、不死者という存在が現れたことに、この呪縛がまだ解けていないことを痛感させられる。
アルスが死んでから、各地で死人が消えたなどという話は聞こえてこなかった。
それは、まだ錬金魔法は解けていない、ということをあらわしていた。
そしてここへきて、さらなる問題だ。
――――記憶を改竄した者は、錬金人形のことを知っていたことになる。
そうでなければ、記憶を改竄された者が、見たこともない不死者について噂するなどありえない。
それでは何のために、あの錬金人形を記憶の改竄に使っているのか……。
「あんさんら、顔色悪いけど、どうしたんや」
「いや、不死者なんて聞いて、ちょっと驚いてるだけだ」
「そないなもんおるわけないやろ。もしかして、不死者を信じる口かいな」
男は俺とセレティアを見て笑いつつ、店員が持ってきた二杯目の酒を一気に飲み干した。
改竄されたあとでも、一般人は錬金人形を見たこともなければ、存在自体も信じることはないらしい。
「何にしてもや、数日中には教皇の処刑が見られるんやから、これで邪教も終わりっちゅうわけや。クロリナ教もガタガタやけど、新しい教皇が誰になるかで、これから立て直すことも可能やろ」
男が三杯目の酒を注文したところで、テーブルに金を置いたセレティアが席を立った。
◆ ◇ ◆
男の話から数日後、クロリアナ国に喧騒が戻る。
教皇の処刑が大聖堂前の大広場で行われることが決定し、人々が押し寄せたのだ。
大広場にひしめき合う人々の間を縫うように進み、やっとのことで処刑台が見える位置につくなり、教皇を罵る声で埋め尽くされた。
クロリナ教に対する不信、不満、邪教に対する憎悪、それら全てが、処刑台へと登ってゆく男へ向けられる。
「あれが教皇ルデリコ・ファーボットなの?」
「そのようだな」
人々の視線の先には、以前の威厳に満ちた姿など微塵も感じられない、奴隷が着せられる貫頭衣に身を包んだ、教皇ルデリコ・ファーボットの姿があった。
誰が、この荒みきった男が、あの教皇だと思うだろうか。
神すら信用しないような目で民を睨みつけ、狼狽する姿は哀れみすら感じるほどだ。
「悪魔に魅入られし民よ、貴様らこそ、悪魔に魂を乗っ取られていることに気づき、悔い改めるがよい」
民を罵る教皇。
それを受け、大広場からは石が大量に投げつけられる。
「酷い有様ね。こんなことが数日の間に進行するなんて」
セレティアは急速に変化する世界に、戸惑っているようだ。
これも記憶を改竄した者の計算のうちならば、狙いがわからないうちは、むやみやたらに首を突っ込まないほうがいい。
「記憶の改竄によって何を目指しているのか、見届けたほうがいいだろう」
「助けないの?」
「そこまでして得られるメリットもなければ、義理もない。第一、これが俺たちを誘い出す罠だとも限らない」
教皇ルデリコ・ファーボットがギロチン前に