第19話 奴隷、歓待を受ける
セレティアとネイヤを連れ、ミッドリバーの大通りを歩いていると、正面から冒険者が何人か血相を変えて走ってくる。ゴブリンゾンビが森を抜け、ついにミッドリバーへとかかる橋にまで押し寄せてきたらしい。
昨晩の様子なら、そんな知性もなければ、方向感覚さえ怪しい感じだったのだが、どうやらゴブリンゾンビは集団で迫ってきているとみて間違いない。
「未知のゴブリンゾンビに対しても、そこまで落ち着いていられるのは、流石ウォルス様ですね。どこまで切り刻もうと復活すると聞いて、私はどうすればいいのかまだ思案中です」
ネイヤが俺を褒めると、セレティアが間髪入れず「これは何も考えていないのよ。そうよね?」と俺に聞き返してくる。
「実際どこまで事実かわからないしな。ネイヤほどの実力があれば、他の冒険者より粉砕できるだろうし、やってみなけりゃわからない」と俺は心にもないことを答えておいた。
今回はいくら粉砕しようと無駄なのはわかっている。
俺の魔法が、何かの手違いで暴走しているに違いないからだ。
湖畔からミッドリバーへと架かる大橋へとやってきて見たもの、それは、既にゴブリンゾンビというよりも、全てが一体化した得体のしれない、何か、だった。
一体一体なら小型のゴブリンだが、それらが全て合体した異様な化け物は、ゆうに人の数倍の大きさになっている。
「では、まずは私がやらせていただきます」とネイヤが一歩前へ出た。
橋の周辺からは人がいなくなっており、二次被害が出ることもなさそうなため、俺はネイヤに全力でやるように指示を出した。
「わかりました」とだけ答え、ネイヤは最初から二刀流の構えを見せ、一気にゴブリンゾンビへと斬りかかった。
ネイヤから繰り出される斬撃を、ゴブリンゾンビは避けることも防ぐこともせず、ただひたすらその身に食らう。やはり昨晩と変わらず、知性の欠片も持ち合わせていないのは確認できた。
「これでどうでしょうか……」
ネイヤが一息つく頃には、ゴブリンゾンビはその原型を留めず、無数の拳大ほどの肉塊へと姿を変えていた。生きてはいないため血液は飛び散ることもなく、切断面から垂れる程度となっている。
「ね、ねえ……もう動き出してるわよ」とセレティアが俺の背に隠れながら呟いた。
その言葉どおり、肉塊はピクピクと動きだし、近くの肉塊と融合するとまた近くの肉塊を取り込み徐々に大きくなってゆく。
俺は肉塊の一つを掴み、鑑定魔法で調べることにした。
「何してるのよ、気持ち悪い真似して……さっさと捨てなさいよ」
「ああ、これなら大丈夫そうだ」と俺は言いながら肉塊を投げ捨てた。
不思議そうに俺を見つめるセレティア。対して、ネイヤは俺が解決法を見つけたと思ったのか、尊敬の眼差しを向けてきた。
俺が実験している死者蘇生魔法は、いくつかの魔法を組み合わせている。その中でも時間回帰に関する魔法が暴走を起こしているのは間違いない。昔はこの類が暴走を起こすことはなかったんだが、肉塊ではどこで変化したのかよくわからなかった。だが、これを解除するだけなら方法は簡単だ。
「どう大丈夫なのよ」
「見ていればわかる」
俺は腰を低くし、ネイヤとは違って剣は抜かず、代わりに拳を構えた。
そして、再生し終わったゴブリンゾンビに向かって走り出しながら、拳に全属性魔法無効効果を付与し、その胴体に全力の一撃をめり込ませた。
不快な音とともに弾ける肉片。
鼻をつく臭いが一気に辺りを包む。
セレティアが顔を背け、ネイヤは目を見開いてゴブリンゾンビが肉片になるのを見つめていた。
「また元に戻るわよ、どうするのよ」とセレティアが横を向きながら、チラチラとこちらに目を向ける。だが、セレティアの心配を余所に、さっきはすぐに動き出した肉片はピクリともしない。
「どういうこと!?」とセレティアは驚き、ネイヤは「素晴らしいです……肉体のみによる一撃もさることながら、再生さえ許さない気を送り込んだのですね」とわけのわからないことを口走っている。
ネイヤには、あえて何も言わないでおこう、と俺は心に誓った。
「俺の力は、まだまだこんなものじゃない。この程度で驚いているようじゃダメだぞ」
「ウォルスなのに生意気ね……確かにわたしを守るのなら、この程度はやってのけてもらわないと困るけど」とセレティアは護衛のハードルを上げてくる。
その言葉に、ネイヤが神妙な面持ちで、「私も精進したいと思います」とセレティアに頭を下げた。
それを見たセレティアは慌てたように、「違うのよ、ウォルスにはその、ネイヤや、これから臣下になる者の指針となる強さを持っていてもらわないといけないからで」とネイヤの頭を上げさせようと肩を揺すり始める。
俺は馬鹿なことをやっている二人を置いて、一人町へと歩き出した。
冒険者ギルドに戻って報告をすると、すぐに町の衛兵へと連絡がいき、ゴブリンゾンビの回収が始まった。
俺たちはというと、同時に依頼を受けてなす術なく戻ってきた冒険者の連中に担がれ、酒場で盛大に呑むことになった。
他人と関わらない連中でも、町を救った剣姫となれば話は別なのだろう。
「あんな化け物を殺るなんてすげぇよな」
「殺ったのは、やっぱり剣姫ですよね」
男たちはネイヤの周りに集まり、酒を勧める。
男の俺には見向きもせず、セレティアも空気扱いだ。
セレティアはその気品もあるのだろうが、まず子供としてしか見られていないフシがある。実際子供だから仕方のないことなのだが。
「私は殺っていない。殺ったのはそこのウォルス様だ。私なんて足元にも及ばない御方だから、失礼のないように」とネイヤは冒険者たちに念を押す。だが、冒険者たちはただの謙遜だと思っているらしく、誰一人として信じている様子はない。
「ウォルス、あなた悔しくないの? 馬鹿にされてるわよ」
セレティアはミルクを飲みながら、俺の耳元で囁くように言ってくる。
「ネイヤが奴らの相手をしてくれるのなら、それはそれで結構なことだ」
目の前のテーブルには豪華な料理が並び、町を救った俺たちは奢られる側となっている。男たちの目当ては剣姫であるネイヤであるため、俺とセレティアは気にすることなく食事を続けられる。だが、その食事を邪魔する騒ぎが、店の入り口で起こった。
「この店に、ゴブリンゾンビを殺ったという者がいると聞いてやってきた。前へ出なさい」と一人の女が声高に言い放つ。
その女はカーリッツ王国軍の、それも王族の紋章が付いた鎧を着ていた。