第117話 奴隷、戦士長を名乗る
面倒事でしかないヴィクトルの相手は、セレティアたちに任せることにし、俺はボーグから会談の詳細を聞くことにした。
ヘルアーティオに対する話ということは、当然討伐も考えているはずで、動き次第では、俺の仕事も相談役だけに留まらないかもしれない。
「明日の会談についてだが、ある程度、何を話すかは決まっているのだろう? 先に情報を仕入れておきたいんだが」
ボーグは俺の問いに、少し考える素振りを見せる。
「そうですね、セオリニング王国の立場、主張をご説明しておいたほうがいいかもしれません。では、現状について――――」
ボーグの話では、議題として上げられるヘルアーティオに対する動きで、セオリニング王国が挙げる提案は合同軍を編成し、ヘルアーティオに各国総戦力で対抗するというものらしい。
しかし、同盟を結んでいる六カ国の中で、セオリニング王国の意見に確実に賛同するのは、一カ国に留まっている、という話だ。
アルスに助力願うべきという提案は、今の段階で既に二カ国から出ているため、残りの三カ国の動向次第では、アルスを招くということになってしまう。
「同盟を結んでいるとはいえ、一枚岩ではない、ということだな」
「そのとおりです。打算で同盟を結んでいる国も多く、セオリニング王国に賛同するのがわかっているムーンヴァリー王国に関しましても、陛下の母君の国というのが大きいかと思います」
「そういうことなら、同盟国とはいえ、セオリニング王国を蹴落とそうとしてくる国もある、と考えておいたほうがいいのか」
「……当然あるかと」
一国で他を圧倒できる力を持っていたカーリッツ王国では、到底考えられないことだ。
同盟を結び、中心的な役割をするとは言っても、そこまで力がないというのは実に厄介である。
アルスのこと以外でも、色々と面倒なことがあるのだと、俺はあらゆることを想定しなければいけないらしい。
「会談に集まる要人の情報がほしい。何も情報がない状態で出席するより、いくらかマシにはなるだろう」
この大陸の西側はカーリッツ王国からも遠く、俺の知識量も乏しい。
さらに、このセオリニング王国のように王が変わっていたり、国自体、俺が知らないものになっている可能性さえある。
「わかりました。今回の会談には要人の他に、護衛として一人ずつ参加が認められていますので、護衛についての情報もお渡しいたします」
ボーグが資料を持ってくるため部屋を出てゆくと、入れ替わるようにアイネスが俺の所に飛んできた。
その顔は満面の笑みで、気分がいいことだけは確かなようだ。
「ねえねえ、
「どういう風にアイネス向きなんだ?」
「とんでもなく精霊を崇めるのよ。ここまで精霊を崇める国はそうないわよ」
到着した時の兵士たちの反応からも、精霊への態度が特殊だというのはわかっていたが、アイネスがここまで言うのも珍しい。
「ならアイネス一人でここに残ってもいいんだぞ」
「残るわけないじゃない。アタシはフィーエルがいる所が一番なの。まあアンタは二番で、セレティアが三番てところね」
「そうか」と軽く笑って返したが、アイネスの中で、既にセレティアが三番目だという事実に、軽い衝撃を受ける。
人間にあまり興味を持たないアイネスが、はっきりと口にするとは思わなかった。
「セレティアの評価が随分高いんだな」
「アタシは正当な評価を下したまでよ。セレティアは評価に値する人間だった、というだけ」
それが珍しいと言っているのだが、当のアイネスは全く理解していない。
初めて会ったあの時、俺がいない時に何があったのだろうか。
この偏屈なアイネスから、どうやってここまでの評価を得られたのか気になるところだ。
「アタシがセレティアを評価したら、何か都合が悪いのかしら?」
アイネスは腕を組み、顔を俺の覗き込んでくる。
文句があるなら言ってみろ、と言わんばかりだ。
「そんなことはないさ。アイネスが人間と上手くやるのは喜ばしいことだからな」
「何よ、アタシが問題児みたいじゃない。問題があるのは、普段から精霊であるアタシを敬わない人間のほうなのよ」
俺も特に敬ってはいないんだが、と口からこぼれそうになったが、そこは触れないでおいた。
「資料を持ってきたのですが、お邪魔でしょうか?」
ボーグはアイネスに目をやり一礼すると、資料をテーブルに置いて去ろうとする。
「アイネスのことなら気にしなくていいぞ。こいつは空気だと思ってくれればいい」
「精霊様を空気ですか……なかなか難しいですね」
恐縮するボーグに向かって、アイネスが満面の笑みを返す。
「これよこれ。ウォルスも見習っていいのよ。いえ、見習うべきね」
「俺は身内を敬うつもりはないぞ」
「み、身内ですって? ウ、ウォルスがそういう目でアタシを見てるのなら仕方ないわね。アタシも、身内からそんな扱いをされるつもりはないしぃ~」
アイネスは明らかにさっきよりもテンションを上げ、俺の肩に座って鼻歌を歌い始めた。
特に邪魔にはならないため、このまま放置しても問題はないだろう、とボーグが持ってきた資料を手に取り目を通す。
「精霊様とそこまで親しいとは……あなたは何者なのです?」
ボーグは感心したように呟き、俺の顔をマジマジと見つめてきた。
言われてみて、まだ俺の立場について正式に話したことがないことに気づく。
「俺は……ユーレシア王国軍戦士長だ。それ以上でも、それ以下でもない」
こういう場で奴隷ではなく、戦士長と名乗る肩書ができたことは、本来なら喜ばしいことであるはずなのだが、これが案外口にしてみると抵抗がある。
戦士長という肩書が広まれば、余計な仕事が増えるためだろう。
そんな俺の心情を知ってか知らいでか、ヴィクトルと話しているはずのセレティアがこちらに振り向き、クスクスと笑っているのが見えた。