第16話 奴隷、配下が剣姫だと知る
職員はこちらに気がつくと一礼し、俺よりもまず、ネイヤの下へ行く。
「これはネイヤ・フロマージュさん、アルギスの竜は見つかりましたか?」
ギルドからすれば、今はアルギスの竜のほうが重要なのは理解できた。
あれを放っておけば、被害が尋常ではなくなるため、狩ったのかどうか確認するのは最重要案件だといえる。
「はい、依頼のアルギスの竜の
「流石、剣姫といったところですか」と職員は胸を撫で下ろす。だが、ネイヤは話を終えていなかった。
「勘違いしてもらっては困ります。確かにオスは私たちが狩りましたが、メスはこのウォルス様が狩ったので」とネイヤは俺の背中を押した。
それを見た職員は驚いた顔で、「剣姫がご冗談を言うとは、これは珍しい」と真剣に受け取らない。
俺とネイヤが知り合いになったのはわかったようで、ただじゃれ合っていると見なしているようだ。
「冗談ではありません。それと、ユーレシア王国のセレティア殿下の臣下になるので、手続きをしてもらいたいのですが」
「…………またまた、ご冗談を……」
刹那、テーブルを叩きつける音がギルド中に響き渡った。
その音の出処を見ると、ベネトナシュがテーブルに拳をめりこませていた。
「ネイヤ様は暇ではないのだ。さっさと手続きを始めてもらおうか」
「わ、わかりましたっ!」
職員は慌ててカウンターに戻ると、書類を漁りだした。そして、「別室でやるのが本来の流れなのですが、人数が多くて入らないので、ここでよろしいですか? その場合、仮面を取っていただき、確認する必要があるのですが……」とギルド内を見回した。
ギルド内には何人もの冒険者がいて、そいつらはまだネイヤたちから視線を外さない。というか、職員の声を聞いて増えたのは間違いない。ネイヤが剣姫と呼ばれ、名の知れた冒険者というのはわかったが、いい加減しつこいのが気になってくる。
「ベネトナシュ、あいつらはどうしてネイヤをずっと見てくるんだ? 上位冒険者だとしても、異常だと思うんだが」と俺は小声で尋ねた。
「それは、我々が一度も素顔を見せたことがないからだと思います」とベネトナシュは言って、仮面と兜を脱ぎ去った。
そこには褐色肌の、厳しい表情をこちらに向ける女がいた。
後ろの者も次々に脱いでくと、クルンクルンの髪がお嬢様っぽい者や、ショートカットで男っぽい雰囲気の者など、さまざまな空気を纏う者が顔をこちらに向けてきた。
全員タイプは違うが、それでも顔は整っており、周囲の冒険者からどよめきが聞こえてきた。
「意外だな」と俺は言葉をこぼした。
「何が意外なのですか? 失礼ですよ」
わかっているのなら、質問で返すのはやめてもらいたい。
俺はベネトナシュとは合わないかもしれない、と考えつつ、視線をネイヤへと向けた。
「手続きできるのなら、私はどこでも構いません」とネイヤも脱ぎ去った。
ネイヤの顔は青髪で半分隠れてはいるが、セレティアを成人にさせたような美女なのは疑いようがない。それは職員も同様のようで、息を呑んだあと、手に持っていた書類を床にばら撒いていた。
「こんな美人だとは思っていなかったんだろ」と俺はネイヤに言った。
「美人だなんて、大袈裟すぎます」
ネイヤは謙遜するように言うと、頬を赤らめた。
「ネイヤ様、ウォルス様も思ってなかったんですよ」とベネトナシュは告げ口するように言う。
「語弊があるな。俺は顔に興味がなかっただけだ」
「そうですよ、ベネトナシュ。ウォルス様ほどの力になれば、他人の容姿などというものより、その中にある本質に目がゆくのです。そうですよね、ウォルス様?」
ネイヤは全く疑っていない目を俺に向けてくる。それとは逆に、ベネトナシュは猜疑心に染まった目を向けてくる。
「基本はそうだが、ネイヤほどの美人なら俺も驚くことはある」
「また美人だなんて……」とネイヤは消え入りそうな声で呟く。
「もういいかしら? さっさと手続きをしたいのだけれど」
セレティアは俺に背を向け職員に声をかけるが、こちらに向けて言葉を発しているように感じられてならない。今までに感じたことがないトゲトゲしさだ。
「は、はい、大丈夫です。今すぐ手続きに入りますので」
職員もそれを感じたのか、最初の頃の強気な態度は見る影もなく、ただ言われるがままセレティアの指示に従っている。
何が癪に障ったのか不明だが、女を不機嫌にさせると恐ろしいのは、昔も今も変わらないようだ。
手続きが始まると、職員はセレティアとネイヤたちに質問し、何の書類かわからないものに次々とサインを求め、全員が素直にそれに従ってゆく。それゆえ滞りなく進み、ギルド間での認証通達、国籍移動、その他諸々の問題が処理されてゆく。
俺ができることといえば、昔はここまで手続きは細かくなかったはずだ、などと当時を懐かしむことくらいしかない。
「――――では、以上で終わりとなります。これ以後、ネイヤ・フロマージュさんと以下六人の方の籍は、ユーレシア王国軍の下に置かれますので、くれぐれもお気をつけください」と職員は言って書類を纏める。
軍の下に置かれるということは、今まであった些細ないざこざでさえも、全てユーレシア王国の名が先にくるということだ。最悪の場合、国同士の問題にまで発展する。あとは、ギルドからの依頼に関して、直接声がかかるということはなくなる。
ギルドが声をかけるのなら、国に依頼する、という正式な形でしか声をかけることはできなくなり、それを受けるかどうかも個人の判断は一切関与しない。
「そういうわけで、これからの行動についての判断は全て、このセレティアが行い、責任を持つことになる」と俺はセレティアの肩に手を置いた。
「何か嫌な言い方よね」
セレティアは露骨に嫌な顔を見せ、俺の手を払いのける。
だが、次の瞬間、何かを思いついたように「そうだわ」と声を弾ませ皆に笑顔を向けた。
「わたしは承認だけするから、判断はウォルスに任せるわ。これでウォルスと責任は半々になるし」
「…………断る」
「拒否は許さないから」とセレティアが俺に笑顔を向ける。
笑顔が怖いと思ったのは初めてかもしれない。
笑ってはいるが、言葉には奴隷に対する命令が力強く含まれていて、抵抗することができなかった。
セレティアはそれだけ言うと、ベネトナシュに邪教の件を託し、別行動を取らせることになった。