23話 うかつな事は言えません
「それにしても、よく誤魔化したね」
レオナルドはレナリアに近づくと、その顔をじっと見下ろして愉快そうな表情を浮かべる。
「何のことでしょう」
レナリアは一歩下がって警戒した。
この王太子殿下は、一体何を言い出したのだろうか。
「これは化粧というより変装だな。実に見事だ」
レオナルドは触れるか触れないかの距離で、レナリアの頬に指を添える。
「殿下、近すぎます!」
咄嗟にアーサーが妹をその背中に庇った。
護衛であるクラウスもすぐにレナリアの元へ行こうとしたが、レオナルドの護衛に止められている。
「王族は、その人の顔が本来のものかどうか見分けられるように訓練しているんだ。これほどの薄化粧で印象操作をするとは、なかなか腕の良い者がついているようだね」
あまりの暴挙に驚いて見開いたレナリアのタンザナイトの瞳を、アーサーの体越しに、同じ色を持つレオナルドが覗きこむ。
父と兄以外の男性とこんなに接近した事などないレナリアは、硬直したまま返事もできない。
「ねー。こいつ、ふっとばす?」
そこへ、のんびりとしたフィルの声がかかる。
「それとも、息を止めちゃう?」
軽い口調だが内容は重い。
レナリアは慌ててフィルを止めた。
「ダメよ。これでも一応王太子様だから。……あっ」
口に出してしまったと思った時にはもう遅い。
一応王太子と言われた本人が、目の前で吹き出して笑っている。
「一応だって! セシル聞いたかい?」
「敬意のかけらもない言葉ですが、今のは兄上が悪いと思います」
いや、敬意を持つような事してないし!
レナリアはそう思ったが、さすがにもう口には出せない。
むっつりしたまま、口を閉じたままにする。
「殿下。そろそろお戯れは終わりにして頂きたいのですが。それとも、我が侯爵家との禍根を長引かせるおつもりですか?」
レナリアを背に庇ったままのアーサーが鋭く言うと、レオナルドはやれやれと肩をすくめた。
「アーサーは頭が固い。それにしても、この子が姿の見えるエアリアルか。へえ、タンポポの綿毛みたいだね」
家族には本来の姿で見えているし会話もできるが、レオナルドにはフィルがそう見えるらしい。
だとすれば、ポール先生が自分のエアリアルに「ポポ」と名づけたのはピッタリだったのかもしれない。
「ふうん。驚かないんだね。アーサーにも見えているんだ」
レオナルドは、それまでのどこかおどけた態度を改めて、鋭い視線をアーサーに向ける。
だがアーサーは慣れたもので、それを受け流した。
「魔力が近いと見えるそうですよ」
「へえ。アーサーもエアリアルと会話ができるのかな?」
「さあ、どうでしょう」
「そう言うって事は、できるんだね」
隠すよりも情報開示した方が良いと判断したアーサーは、レオナルドの質問に答えながらも、安心させるようにレナリアの手を軽く握った。
下手に隠すと、この王太子は余計レナリアに興味を持ってしまうだろう。
ならば知りたい事は自分が代わりに答えればいいと思った。
もっとも、既にかなりの興味を持たれてしまっている可能性の方が高いが……。
それはもう、仕方がないとアーサーは諦めた。
「それよりも殿下。そろそろ昼食にいたしませんか? メイドたちが困っています」
アーサーの指摘に食堂の入り口を見れば、ワゴンを押したメイドたちが、部屋の中に入れずにその場で待機している。
侍女のアンナもそこにいるのを見つけて、レナリアは少しほっとする。
レオナルドの護衛に止められていたクラウスは目つきだけ鋭くして、再び壁際に下がっていた。
あのままレオナルドに向かっていったら、さすがに問題になる。
とりあえず何事もなくて良かったとレナリアは内心で胸をなでおろした。
「そうだね。食事をしながら色々と聞かせてもらおうか」
その微笑みはさっき教室に戻ってきた時にセシル王子が浮かべたものとそっくりで、兄弟だなと、レナリアは思わず遠い目になった。
さすがに王宮から派遣されてきた料理人の作った食事はおいしかった。
すぐ隣の厨房で調理されているから、毒見の後でも十分に暖かい物が食べられる。
学園では冷めた料理が多いと聞いていたレナリアは、これだけは良かったと思った。
特にメインディッシュの鴨のローストはバルサミコソースが絶品で、おかわりをしたいくらいおいしかった。
これがアーサーと二人だけの食事ならもっと楽しかっただろう。
神経を使いながらの食事は、かなり疲れた。
特にレオナルドはマイペースな割には鋭い質問をしてくるので、いつの間にかレナリアは、自分の魔力が高いからフィルが守護精霊になったのだという事まで喋ってしまっていた。
もっともそれはポール先生の前で既に話している事なので、別に知られても構わない。
きっと他よりも少し高い魔力なのだと思ってくれる事だろう。
まさかレナリアが風魔法以外も使えて、さらには前世が聖女だったなどとはバレないだろうが、それでも口を滑らせないようにかなり気をつかう。
やっぱり王族と付き合っても、いい事など何もない。
レナリアはデザートに出された一口サイズのチーズケーキをフォークで突き刺しながら、ため息を飲みこんだ。