第14話 奴隷、板挟みになる
改めて思うが、この肉体は素晴らしい。
魔力を込めたとはいえ、アルギスの竜の表皮をいとも簡単に真っ二つにできてしまった。まさか、ここまで綺麗に斬れるとは思っていなかった。
「命令どおり殺ったぞ」と俺は腰を抜かしているセレティアへと顔を向けた。
セレティアは相変わらずへたり込んでいるが、口をパクパクと動かして、何かを発しようとしている。
俺はセレティアに近寄り、聞き耳を立てた。
「……ジョジョ……」
「ん? ジョジョ?」
意味不明な言葉を発するセレティアに尋ねると、やっと俺に目の焦点が合う。
「じょ、上出来よ、よくやったじゃない……褒めてあげるわ」
少し涙目なため説得力に欠ける、と言いたくなったが、何とか堪えてみた。
それはそうと、オスとやっている連中を見てみると、丁度トドメを刺しているところだった。オスの竜は全身を切り刻まれ、出血多量で動けなくなったようだ。
すると、竜を狩った六人を引き連れて、指揮官が俺のほうへとやってきた。
これは力のある冒険者と知り合いになるチャンスだと、背筋を伸ばし待っていると、指揮官は剣を抜き、俺の鼻先へと向けてきた。
「どういうつもりだ?」と俺は少しの敵意を向けて言う。
「あなたの攻撃は、見惚れるほどに素晴らしかった。ぜひ、私と手合わせ願いたい」
女指揮官は凛とした態度で、且つ挑発的な気配を漂わせて言う。
後ろの六人はただ黙って見ているだけで、誰も参加してくる様子はない。
この指揮官が、本当に俺と手合わせしたいだけなのだと主張しているように見える。
「手合わせか……俺に何もメリットはないが、指導くらいならしてやってもいいぞ」
指揮官の後ろがざわつくが、指揮官は至って冷静に、指導でも構いませんよ、と俺の言葉を受け入れた。
一連の会話を聞いていたセレティアが、「ウォルス、本当にやるの?」と心配そうに声をかけてくる。
「問題ない、ただ力を見るだけだ」
メスのアルギスの竜を殺ったところを見ていて、なお俺に挑戦してくるということは、この指揮官も同じような芸当ができるとみて間違いないだろう。そうでなくては、俺の相手にならないのは最初からわかりきっている。
「勝敗の線引はどこにするつもりだ?」
「やれば自ずとわかるかと」
女指揮官から異常なまでの剣気が流れ込み、俺の背中に、一瞬冷たいものが走った。
「いつでもかかってきていいぞ」
「では、遠慮なく」
その言葉どおり、ウォーミングアップもなく、いきなり殺気のこもった一撃が俺の額目掛けて下ろされた。
アルスだった頃なら、おそらくこの速度には対応できていないだろう。前もって魔法を行使していれば別だが、この域に達した速度は常人では対応できない。
けれども今は違う。
「速いな」
その一撃を片手で持った剣でいなし、女の背後へと回る。
女の剣は地面を穿って大きな亀裂を作り、剣の威力が尋常ではないことを証明していた。これならアルギスの竜も一撃で葬れるかもしれない。
しかし、女はこれが全力だったのだろう。
仮面越しにでも動揺しているのが、手に取るようにわかる。
「何がしたいのかわからないが、これで十分か?」
「いえ、まだまだです」
女は振り返って再び突進してくるが、今度は両手で持っていた剣を右手一本で持ち、俺に斬りかかる。と同時に、右の腰に差してある二本目の剣を左手で抜き、二つの剣で同時に攻撃してきた。
「なかなか器用なんだな。それでも俺には届かないが」
全力の一撃の、実に八割ほどの力と速度の剣が同時に襲いかかってくる。これは片手剣としては大したものだが、俺からすれば、隙が大きくなったようにしか見えない。
何回か剣を受けてタイミングを掴むと、同時に二つの剣を左右に大きく弾いた。
想定外の動きに女が一瞬だけ怯みを見せたのを俺は見逃さず、女の左腕を掴むと捻り上げながら背後へと回り、地面に押し倒した。
抵抗すれば、即、腕を折れる体勢だ。
「ぐっ……参りました、完敗です」
女が負けを宣言すると、それを見守っていた六人全員が、「ネイヤ様ッ!」と叫びながら駆け寄ってきた。
俺は掴んでいた腕を解放し、女指揮官から離れることにした。
「私は大丈夫です。それよりも、あなたたちも見ていたでしょう。私はようやく見つけたのです」
女指揮官は俺の前で片膝を付くと、頭を垂れる。
こういうのは、過去に何度も経験した。
女指揮官がこのあと何を言って、何を要求するのか、大体わかる。
「私はネイヤ・フローマジュ。力を試すような愚行を犯したこと、お詫びいたします」
「気にしなくていい。力がある者を前にして、自分を抑えられないのはわかる」
「ありがとうございます。私は自分が真に仕えるに相応しい方を探し、今まで旅をしておりました。――――そして今日、あなたという方に出会えたことを、神エディナに心より感謝したいと思います」
やはり、想像どおりの答えが返ってきた。
これは困ったとセレティアに顔を向けると、腰に手を当て自慢気に胸を張っていた。
「悪いが、俺にネイヤを配下にする権限はない」
断った途端、ネイヤの後ろで同じように片膝を付いていた六人が、一斉に立ち上がり、抗議してきた。
「ネイヤ様を侮辱するなんて、無礼にもほどがありますッ!」
「各国が喉から手が出るほど欲しているネイヤ様を、そんな嘘で拒絶するなんて……」
そんなにネイヤ様と連呼されても、俺はそんな奴は知らないんだが。
それでも、この実力なら各国が欲するのは当然のことで、ユーレシア王国としても必要とする人材だろう。しかし、俺に権限がないのも事実で、ついでに、今欲しいのは魔法を扱える者だ。
「実力だけなら、年を取っているとはいえ、この国の騎士団長のダラスも相当なものだろう」と俺は暗に断った。
「ダラス殿をご存知なのですね」とネイヤはダラスを知っているような口調で言った。
「あなたからもあの方、ダラス殿と同じ剣術の気配を感じました」
「それは……気のせいだろう」
俺に剣術の基礎を教えたのはダラスだ。よって剣の形が似ているのは当然。サイ一族の動きを取り入れていても、やはり分かる奴にはわかるようだ……。
「ダラス殿も確かにお強いですが、あのアルス殿下の下にはいけません」
「どういうことだ?」
「あなたも聞いたことがあるでしょう。イルス陛下の圧政は、裏でアルス殿下が操っていると」
聞いたことはないが、「ああ、そうだったな」と頷いておいた。
アルスという存在はこの時代で、いったいどういう扱いになっているのだろうか?
もう関係ないとはいえ、俺の名を利用して圧政を強いているというのなら、その汚名だけでも返上せねば、ウォルスとしても生きづらい。
「ですので、私は、いえ、私ども一同をあなたの下に、どうか置いていただきたいのです」
「それだが、さっきも言ったように、俺にその権限はない。俺はそこにいるセレティアの奴隷だからな」
ネイヤは俺が奴隷ということに、酷く驚いた反応を示す。
「どうしてそのような実力があって、奴隷などという身分なのです」とネイヤは怒っているかのような声で言った。
すると、今まで一言も話さなかったセレティアが俺の前にやってくるなり、「それは、このウォルスは生まれたその時から、わたし専用の奴隷だからよ」と胸を張って言った。
「このような実力を持った方が奴隷だなんて、今すぐ解放するべきです」とネイヤは強い口調で言い、「あなたはこの方の強さを理解していない。この方は一国の、それも重要な職に就けるような力を持っているのですよ」とセレティアに詰め寄った。
「だから重要な職に就いてるじゃない。このユーレシア王国の第一王女、セレティア・ロンドブロの側近として」
「……ユーレシア王国?……そんな国は知りません」
ここで話が振り出しに戻り、振り向いたセレティアの顔が固まっていた。
このあと、セレティアがネイヤにユーレシア王国の存在を認知させるのにかなり骨を折り、最終的に俺に話を振って説明するのを放棄した。