第151話 奴隷、正体を晒す
「アンタが言ったことが、仮に本当だとしても、それだけじゃ禁忌に触れるとは思えないわね。限りなく黒に近いグレーにはなってもね」
「ウォルス、今言ったことって冗談よね? わたしが死んだとか、生き返ったとか……」
「こいつはアンタまで騙そうとしてるのよ。いい加減目を覚ましなさい、セレティア」
不安な目を向けるセレティアを、アイネスは説得しようと必死に叫ぶ。
「俺の力が及ばず、一時的にとはいえ、死なせてしまったのは事実だ。だが安心しろ、セレティアは錬金人形じゃない。死者蘇生魔法で生き返ったのは間違いない」
「何が死者蘇生魔法よ、戯言はそれまでよ。それ以上セレティアを惑わせるなら、今度こそ息の根を止めてやるから!」
アイネスの魔力がぐんぐん上がってゆく。
それと同時に、周囲の魔素濃度が急激に下がってゆくのがわかる。
これ以上魔力を増やし続ければ、その生命すら危険に晒すことになるレベルだ。
俺が魔素変換していることには当然気づいていたはずで、それをさせないために、自らが魔素変換を行うことで、周囲の魔素を減らしているのだろう。
「ウォルス、アイネスは大丈夫なの!?」
「いや、これ以上は危険だろう。いくら上位精霊でもやりすぎだ」
クロリアナ国の魔素は浄化されているとはいえ、魔素濃度は相当高い。
それゆえに、周囲の魔素を急減させるほどの変換は、たとえ上位精霊でも負荷が大きすぎる。
「だったらやめさせなきゃ……」
この勢いなら、自爆覚悟でやりかねない。
アイネスがいなければ、セレティアに何かあった時に頼る者もいなくなってしまう。
それだけは何としても避けなければ……。
「話を聞け、アイネス」
「アタシから、大切な者を奪う奴は許さない……絶対許さないんだから」
「――――お前が知るアルスは、転生魔法を使用しただろ」
「だったら何だって言うのよ。アンタには関係ないわ。変なことばかり詳しいわね」
使用したというのなら、アイネスの記憶にあるアルスは、転生魔法を使うまでは
だとすれば、アイネスを止めるためには、俺がアルスだと証明すればいい。
おそらく、それ以外でアイネスの暴走が止まることはない。
アイネスが納得するだけのもの、それも、アルスにしか出せない魔法がいい。
「これなら納得できるか?」
周囲に残った魔素を、全開の魔素変換で魔力へ変えながら、全属性による特異魔法を発動する。
「何事!? アンタいったいどんな魔法力してんのよ!」
ひと目で全属性魔法だとわからせる魔法、それはあのアルスが最期に俺へ放とうとした特異魔法。
あそこまで間近で見せつけられれば、構築するのはそう難しいものではない。
所詮、あれはもう一人の俺であり、魔力の使い方は同じなのだ。
「…………ウソ……どうして、アンタが……その魔法を使えるのよ。それは、アルスだけが使える全属性魔法じゃない」
唖然とするアイネスと同様、セレティアも固まったまま動けないでいる。
鳳凰の形で具現化した全属性は、眩い光を放ち、神々しいまでの存在感を示す。
セレティアに隠し通すのも、このあたりが限界だ。
「俺は――――転生魔法で、このウォルス・サイの体に記憶を移した、アルス・ディットランドだ」
「アンタがアルス? ふざけないで。確かに全属性は扱えているようだけど……アルスは転生魔法を失敗したのよ。あの時生き返って……って、あれ、おかしいわね……それなら、どうしてアタシは神精界に戻っていたのかしら……思い出せない……」
どうやら、記憶の改竄は完璧ではないらしい。
もしかすると、記憶の改竄は神精界まで及ばないのかもしれない。
どちらにしても、転生魔法後の行動、それもアイネスが神精界に行った事実が捻じ曲げられていないことや、ネイヤがユーレシアに帰属し、
さらに、俺に関する部分だけを改竄するのなら、おそらく俺が転生した直後からの歴史、十七年分とみていい。
「転生魔法は成功したのは間違いなく、あの時アルスは生き返っていない。並行世界から時間と世界を飛び越え、イルスとして転生していたもう一人のアルスがすり替わっていたにすぎない。お前はそれに気づき、アルスの下を去ったんだ」
「それじゃあ、アンタがアルスだっていうの?」
「正確には俺もこの世界とは違う、並行世界のアルスだ」
アイネスは魔力を鎮めるなり、口を閉ざして考え込む。
話しかけるな、というピリピリした空気を放つため、黙ってそれを見届けることした。
その間にセレティアに説明しようと振り返ったが、こちらはこちらで混乱しているようだ。
頭を抱えて座り込む姿は、今まで見たことがないくらい弱々しい。
しばらく触れないほうがいいか……。
「――――アンタは並行世界から記憶を飛ばしてきたアルスで、この世界で死者蘇生魔法を使ったって言い張るのね」
「ああ、それが事実だ」
「確かに、その二つをやったとなれば、十分禁忌に触れるだろうけど……まだ信じられないわ」
「信じる信じないは自由だが、それが真実だ。この現象について、確実ではないが、思い当たることがあると言っていたのはアイネス、お前なんだがな」
驚いた表情を一瞬見せたあと、アイネスの態度は不機嫌なものへと変わった。
腕を組んで鼻息が荒いが、雰囲気は軟化しているように思える。
「その嫌味な言い方、アルスそっくりね」
「本人だからな」
アイナスは力が抜けた笑いを浮かべる。
「認めるしかないんでしょうね――――仕方ないわ、最後に確かめる術が――――」
そう言った瞬間、アイネスの顔が近づいてくる。
これが、こいつの確かめる術なのか……。
「記憶を改竄されても、その癖はなくならないのか」
迫ってくるアイネスの額を、指の腹でグリグリと押し、それ以上の接近を防いでみせる。
「オーケーオーケー、アンタはアルスで間違いないわ」
こんな方法で確認されるのは、それはそれで複雑な心境だな……。