第150話 奴隷、告白する
俺に気配を感知させず近づいた存在、それは遠慮することなく、荒れ狂う魔力を解放する。
「アイネス! どうしてここがわかったのよ」
「アタシを誰だと思ってるのよ。水の上位精霊をナメないでもらいたいわね――――それよりも」
アイネスの視線と敵意が、俺へと向けられる。
初めて体験するアイネスの殺意に、自然と体は戦闘態勢に入っていた。
「アンタがセレティアを
一人で勝手に納得したアイネスは、完全に俺を敵と判断しているようだ。
両手に魔力が集中していくのがわかる。
「ネイヤじゃ、流石にお前は止められないか」
「セレティアは危険な状態なんだから、今すぐ返しなさい。さもないと殺すわよ」
殺しにかかる魔力を放ってる時点で、既にその言葉に意味はない。
やはり精霊というものは感情に素直すぎて、話が通じる相手と認識するのはやめておいたほうが無難だ。
「フィーエルの側からは離れないと思ったんだが……これも運命か」
「アンタ、何を企んでるの? 怪しい奴ね」
「話を聞く気があるなら、話してやるが」
アイネスは右手を突き出し、「今すぐ殺したほうが早いわ」と口に出すと同時に、数十本の水槍を俺の体を囲むように出し、容赦なく放ってきた。
「これだから精霊は困る」
水槍の速度が速いとはいっても、ネイヤの剣よりは劣る。
難なく全ての水槍を避け終えると、同時にアイネスは避ける隙間もないほどの、巨大な水の塊を上空に生み出した。
「すばしっこいけど、この攻撃から逃げられるかしら」
「困った奴だな。少しは手加減するつもりはないのか」
「黙って死になさいよッ」
水の塊から水竜の首がいくつも現れ、同時に襲いかかってきた。
避けても追尾してくる水竜の首は、拳で霧散させてもすぐさま元に戻る。
仕方なく、水属性無効魔法を付与した拳で水竜の頭を分解し、全ての魔法を一瞬にして霧散させた。
「なっ……属性無効魔法だなんて、生意気な魔法まで使えるのね。ますますアンタが危険人物になったわ。だけど、いくらそんな魔法が使えるからって、魔力は無限じゃないのよ」
アイネスは余裕の笑みを浮かべ、次々に水竜を生み出す。
ここからは、完全に持久戦だといわんばかりの数が押し寄せてくる。
アイネスが言う通り、属性無効魔法の魔力消費は並の消費ではなく、普通ならすぐに力尽きるだろう。
だが、俺の魔法力をもってすれば、周囲の魔素から魔力へ変換し、これを補うのは容易い。
そしてこの肉体が、それを可能にする。
「どういうこと! 全然魔力が尽きないじゃない! 魔素変換してるにしても異常だわ……」
アイネスの魔法を尽く無効化し続けると、アイネスの手が止まる。
流石に時間の無駄だと気づいたのだろう。
次の攻撃は何かと身構えるも、アイネスは次の一手を出してこない。
「アタシがセレティアを守らなくちゃいけないのに、どうして、どうしてアンタみたいな奴が立ちはだかるのよ」
空中にあった巨大な水の塊が消え去り、遂にアイネスが折れる。
苛立ちを抑えられないでいる姿は、以前のアイネスからは想像もつかない。
これも、改竄された記憶にある、セレティアとの思い出によるものなのだろう……。
「アタシに力がないばかりに、アルスを失ったっていうのに……セレティアまで失うわけにはいかないのよ! フィーエルがどんなに悲しむか……もうあの子の、そんな姿は見たくないの……」
「アイネス、俺はセレティアを守るためにいるんだ。フィーエルが悲しむことはないし、手を引いてくれないか」
「さっきから、どうしてアンタはそんなに馴れ馴れしいのよ。アタシの攻撃を避けたり無効化しても、全然反撃してこないし」
俺との実力差がわかったのか、アイネスは多少は話を聞く姿勢を見せているように思う。
どこまで話せば理解してもらえるのか、それが問題だ。
「ウォルスは、わたしを守るためにいるの。アイネスは覚えてないと思うけど」
「セレティアはアタシより、この男の肩を持つっていうわけ? それとも、この男に洗脳でもされてんじゃないの」
「そんなわけないでしょ! 上位精霊なのにそんなこともわからないの!」
一触即発しそうな雰囲気に、咄嗟にセレティアとアイネスの間に割って入った。
「悪いが、洗脳されているのは、俺とセレティア以外の者たちだ。当然、精霊であるアイネス、お前も含めてな」
「アタシが洗脳されてるですって? この上位精霊であるアタシが? ふざけるのも大概になさい」
「それが本当なのよ! だから、ネイヤは王宮に戻ってみんなを止めたでしょう。ネイヤは記憶がなくなった時のことを考えて、先手を打ってたの。だから、わたしたちのことを信じてくれたの。アイネスも、ウォルスのことを信用してたのよ」
アイネスはセレティアの言葉を否定するように、首を横に激しく振る。
「アタシは騙されないわよ……こんな得体の知れない男。きっと何か企んでいるに違いないわ。アタシがアルスやフィーエル、それにアンタ以外を信用するなんてありえない」
堅物の精霊を説得するのは骨が折れる。
このままでは、アイネスは引かないだろう。
危険を承知で、踏み込んだ話をするしかない。
最悪、セレティアに俺の正体を晒すことになるが、それも仕方ない。
この世界がこのままなら、どうせ俺の正体を知ったところで何も変わらないのだから。
「アイネス、お前の記憶ではアルスがどんな奴だったかは知らないが、アルスを殺したのはこの俺だ。そして、そこのセレティアも、一度死んでいる」
アイネス以上に、セレティアが驚いた表情を向けてくる。
死んだ言葉自体、青天の霹靂だったのは言うまでもないが、それ以上に、今生きていることが不思議なようで、すぐさま自分の体に視線を移していた。
もしかすると、自分も錬金人形だとでも思っているのかもしれない。
「何を言い出すかと思えば、セレティアは生きてるじゃない。それとも、生き返ったとでも言いたいわけ?」
「ああ、俺が死者蘇生魔法で生き返らせた。正確には俺とセレティアを繋いでいる血契呪、そして、フィーエルの力があって成功したものだがな」
「そんなことで、このアタシを騙そうとしても無駄よ。死者蘇生魔法は、あのアルスだって成功させられなかったんだから」
アイネスの記憶にあるアルスも、死者蘇生魔法を研究していたと。
そうなると、極端に歴史が変わっているわけじゃないのか?
もう少し確かめる必要があるな。
「そのアルスから、俺も禁忌に足を踏み入れたと告げられたんだがな。それが今の結果だと思っている」
アイネスの表情から、さっきまで見られていた憤りや焦り、そういったものがなくなり、落ち着いた真剣なものへと変わった。