第12話 奴隷、決意する
商都ミッドリバーは湖に浮かぶ島だ。
そこから国の重要拠点に川が延びていることで、物資を運ぶのに適した立地となっている。
町はサウスロリエのような牧歌的な雰囲気はなく、町の中心は人で溢れ返るような賑わいをみせている。
「ユ、ユーレシアくらいの規模ね……」とセレティアが額の汗を拭いながら言った。
「やせ我慢する必要はないぞ」
ユーレシアには比べる町は王都しかなく、その王都と比べても、このミッドリバーのほうが発展しているのは明白だ。それでもユーレシアの王都が、町として劣っているというわけではなく、ここが異常に賑わっているだけにすぎない。
物資が集まるだけあって、物価は他の町と比べても安く、物が人を呼び、その人がまた新たな物を運んでくるという好循環が発展させている。
「ウォルスは、どうして上から目線なのかしら? あなたもユーレシア王国の者なのよ」
「……すまない。セレティアをイジると面白いんだよ」
セレティアは頬を膨らませ、拗ねる素振りを見せる。
全然俺を叱らないセレティアに、ついつい奴隷という立場を忘れてしまう。
このままだと、そのうちキツいお仕置きを食らうかもしれないな、と俺は頭を掻いた。
「ねえウォルス、あそこで配っているものは何かしら?」とセレティアが街角に集まった人々を指差す。
「ギルドの前で号外を配ってるようだな。何か大きな出来事があったんだろ」と俺はセレティアと一緒に、その号外を配る職員の下へと行った。
大声を出しながら配っていたのは、商人ギルドの職員らしく、つい先日、複数の国がレイン王国に侵攻したため、その国への注意喚起を含んだ号外を配っている最中だということだ。
「想像していたより早かったな。もしかすると、最初からレイン王国に目をつけていたのか」
隣では、セレティアが号外をまじまじと見つめて唸っている。
「この号外にはユーレシアの名はないわね。ウォルスが言ったとおり、カサンドラ王国がレイン王国の王族を討ったことになってるわ」
「まあ当然だな」
「ウォルス、冒険者ギルドに行くわよ」とセレティアは強い口調で言うと、俺のことなどお構いなしに歩き出した。
ミッドリバーの冒険者ギルドは、カーリッツ国内でも二番目に大きいことで有名だ。冒険者はここから地方へ移動してゆき、戻ってくるのにも川を利用できる、そして、装備品の充実度、職人の数も圧倒しているためだ。
そのため、ここのギルドに集まってくる情報の速度と量は群を抜いている。
「中へ入れてもらえるかしら?」
セレティアが受付に証明証を提示すると、建物の二階へ通される。
そしてなぜか、今度は俺も最初から同行させられた。
「俺は必要ないと思うんだが」と俺は足を止めた。
「何を言っているの。号外のことも知ってたし、頼ってあげてるのよ」
「胸を張って言うことじゃないがな」
仕方なくセレティアと一緒に部屋で、話を聞くことになったわけだが、いったい何の話をするのか聞かされていないことに気づいた。
「それで、今日はどういったご用件でしょうか?」と職員の男が言う。
「ユーレシア王国を希望している冒険者の数が知りたいのだけど」
セレティアは自信ありげに訊いたのだが、俺にはどこからその自信が湧いてくるのかさっぱりわからない。当然のことながら、職員からは「〇人でございます」という冷たい返答がきた。続けて、「ここ数年はずっと〇人でございます」という、いらない情報までよこした。
「くっ……」と苦い表情のセレティア。
「……ちなみに、カサンドラ王国への希望は、今どうなっているのかわかるのかしら」
「そうですね、詳しいことはお教えすることはできませんが、ここ数日で数倍にはなっております」
「…………」
セレティアはもう声さえ出なくなっている。
こんなことは聞くまでもなくわかっていたことだろう、と言いたくなったが、俺は隣で項垂れるセレティアを見て、助け舟を出すことに切り替えた。
頼りにされてるわけだし、このまま職員に心の中で笑われたまま席を立つわけにもいかない。
「セレティア、クラウン制度は従者は少ないほうが偉業として認められるが、流石に俺一人だと少ない。普通は五人前後、最低でもあと一人はほしいところだ」
「ウォルス一人でも十分でしょ」
「守るだけならな。敵の数が増えたり、実力が上がれば、セレティアを守りながら殲滅させるのは難しくなるだろう。俺が攻撃に専念できるように、セレティアを護衛する者が必要だ」
「……でも、ユーレシアを希望している冒険者はいないのよ……わかる? 〇人なの!」
「そこまで強調しなくてもわかる」と俺は視線を職員へと戻した。
職員はテーブルに広げていた書類を片付け始め、今にも切り上げようとしている。
他国を希望している冒険者を、無名のユーレシア王国に引っ張ってくるのは難易度が高い。そこで俺は、「フリーの冒険者で、目ぼしい者は残っているのか」と質問した。
俺が王子だった頃は、毎日万単位の希望者がいて、こんなことに苦労することはなかった。今はこんなことに悩むことが少し楽しいと感じるのと同時に、悲しく、情けなくもある。
「フリーの方ですか……中位冒険者ならそれなりにおられますが」と職員は淡々と答える。
「半端な奴はいらないな」
俺の言葉が気に触ったのか、職員にジロリと睨まれた。
それでも職員はギルドの顔であり、すぐに元に戻すと俺の質問に応じる。
「上位でフリーの方も当然おられます。ですが、どの方も大国の要請すら蹴っておられる方ですので、徒労に終わるかと」
「それでもいい、この辺で魔法を扱える者はいないのか」
「魔法を扱える方でフリーの方……ですか」
職員はパラパラと書類を捲って調べるが、傍目にも反応はよくない。
というか、やる気が感じられないのが手に取るようにわかる。
「この辺りにはいませんね。剣技に優れた方なら――」
「それは遠慮する」
できれば魔法に特化した者が望ましいため、俺は即答した。
護衛二人が剣技に偏るのも問題だが、それ以上に、セレティアの教師役になってもらわないといけない。複数属性同時行使という稀有な才能があるのに、ここまでポンコツなのが一番の問題なのだ。鍛えれば、多少はよくなる……かもしれない。
「わかった。ならこの辺りで、アルギスの竜が出たポイントを教えてもらいたい。そこなら魔法師がいるだろ」
「――――本気ですか?」と職員は今までで一番驚いた声をあげた。
「当然だ。自分の目で見たほうが確実だしな」
「――――わかりました。どうなっても知りませんよ」