第111話 王女ら、奴隷で揉める
盛り上がる会場の中で唯一静かな場所、それは王の側にいるセレティア、フィーエル、それにベネトナシュらがいる席だけだ。
全く興奮する様子もなく、ただ落ち着いてウォルスとルヴェンの両者を見つめる姉であるセレティアの姿に、フレアは好奇心を掻き立てられた。
「お姉さま、ルヴェンはさらに腕を磨き、この短期間で以前とは比べ物にならないほどに強くなったんですよ。お姉さまの護衛奴隷、ウォルスも危ういかもしれないのに、随分余裕なのですね」
フレアは隣に座るセレティアの顔色を窺いながら、挑発するように口にした。
実際、ルヴェンの鍛錬を目にしていたフレアは、ルヴェンの勝利を疑ってはいなかった。
「それはどうかしら」
セレティアは退屈そうに言い、会場からフレアに視線を移す。
「ルヴェンがいくら強くなろうと、ウォルスが実力で負けることはないと思うわよ」
「あの奴隷を信用なさっているのですね」
「この目で、その強さを目にしているのよ。ルヴェンじゃ相手にならないわ。あなたもそう思うわよね、ベネトナシュ」
突然話を振られたベネトナシュだが、普段の落ち着いた様子で、「フレア様、申し訳ありませんが、あのルヴェン戦士長なら、私と同格、ネイヤ様の足元にも及びません」と断言した。
フィーエルたちも、ベネトナシュと同じように、セレティアの意見に賛意を表す。
「なっ……」
言葉を失うフレアに、セレティアが追い打ちをかける。
「ウォルスの力を知っていれば、勝利は揺るぎないものだわ――――それより」
セレティアはフィーエルを見つめ、何かを確かめるように頷いた。
「フレア、あまりウォルスを奴隷と呼ばないほうがいいわ。そこのフィーエルが、怖い顔であなたを睨んでるわよ」
フレアは自分より年下に見えるエルフに睨まれていることに、明らかに不満な顔を見せる。
だが、今から起こることを予期したように、その肩にセレティアの手が置かれた。
「やめなさい、フィーエルは臣下じゃないのよ。それにわたしの魔法の師匠でもあるんだから。力はカーリッツ王国、元魔法師団長と言えばわかるでしょ」
フレアの喉が、ゴクリと音を立てる。
「――――でも、どうしてそんなエルフが、あのど……ウォルスのことを庇い立てするのです」
「それは、そこの元魔法師団長が、あのウォルスに命を助けられたからよ。エルフは義理堅いのよ。ねえ、フィーエル」
「はい、そのとおりです!」
カーリッツ王国の魔法師団長の命を助けるほどの実力、それは実際にウォルスの力を目にしたことがないフレアにも理解できた。
魔法と剣技では、どちらに優位性があるのかはあきらかだからだ。
そこまでの実力がある護衛奴隷、しかし、一つの疑問がフレアの脳裏をよぎった。
「――――でもお姉さま、おかしくありませんか? ウォルスは私たち王家に仕える一族のはずです。そのサイ一族に、そこまで突出した者がいるなんて聞いてません」
セレティアはフレアの一言で、今までのことを思い出していた。
多少強いと思っていた護衛奴隷、それが今では一等級魔法を使いこなし、四大竜討伐まで成したことを。
通常では考えられないほど、異常なことであるのは間違いない。
目にしていなければ、誰も信じないような事実ではあるが、イーラと対峙した自分自身の成長を考えれば、その事実さえも大したことがないものと感じられた。
「成長したのでしょう。わたしの魔法も見違えたでしょ?」
「それは、拝見しましたけど……」
「わたしの魔法ですら、以前とは比べ物にならないものになったのよ。サイ一族の中でも、歴代最強の名を冠にしているウォルスなら、同じように成長してもおかしくはないんじゃないかしら」
セレティアの発言に、フレアが驚き言葉を失う。
フレアは、姉がここまで奴隷を庇うような発言をするとは思っていなかった。
王族の成長速度と、奴隷の成長速度が同じ、またはそれ以上だと認めているのだから。
それと同時に、姉にそこまで言わせる奴隷に、強烈な興味を抱いた。
尊敬する姉に、そこまで言わしめる存在。
手元に置けば、自分にどんな変化をもたらしてくれるのだろうかと。
城門前で一度はウォルスをくれと口にしたが、それは本当にただの興味から口にしただけだった。
だが、今は本気で自分のものにしたい、という欲求を抑えられなくなっている。
「お姉さま……もしかして、あのウォルスに気があるのかしら?」
「急に何を言い出すの、ウォルスは従者よ」
平然と答えたセレティア、に周りからは見えたに違いない。
だが、小さい頃から姉を見ていたフレアの目は、少しばかりの戸惑いも見逃すことはなかった。
「――――じゃあ、私が貰ってもかまいませんよね。まだ正式なお返事を頂けてませんけど」
「……ダメよ。ウォルスはわたしと血契呪を結んでいるの。そんなワガママは通るわけがないでしょう」
「お父さまに頼めば、私に移譲することもできると思います。無理なら、お姉さまから、ウォルスに私を守るように命令してくだされば済むことですし」
しつこく迫るフレアの態度に、セレティアの眉間にシワが寄る。
それを見たフィーエルたちは、素知らぬ振りで座席一つ分離れた。
「フレアはルヴェンが勝つと思ってるんでしょ。そこまでウォルスを欲しがる意味がわからないわね」
「お姉さまを執着させる者なんて、今までいませんでしたから」
「誰も執着なんてしてないわよ」
「それが執着でなく何なのです。以前のお姉さまなら、すぐに承諾してくださいました」
「そんなわけないでしょ……それなら……ウォルスがいいと言えばフレアにあげるわよ」
セレティアの返事に、満面の笑みを浮かべるフレア。
そのキラキラと輝く瞳は、今から始まろうとしている仕合へと向けられた。