第11話 奴隷、やる気を見せる
「アホ面もそこまでにしておいてくれ」と俺が声をかけると、「誰がアホ面なのよ」とすぐさまセレティアから返事があった。だが、男は固まったまま動けずにいた。
俺が何者かも知らないのなら、今の戦闘を見て動けないのも仕方がないのかもしれない。と俺は男に近寄って頬を叩いた。
「生きてるか?」
「あ、ああ、まだ何とか生きてるぜ」
男の背中の一番大きな傷口に、手持ちの液体状の回復薬をふりかけると、傷口がキラキラと輝き、瞬く間に傷口が塞がってゆく。
これで死ぬことはない、と男もわかったようで表情が和らぐ。
「一人で立てるな?」
「ああ、助かったぜ。お前らは何者なんだ……あの強さ、普通じゃありえないぞ」
「俺たちはユーレシア王国の者だ」
男の顔が一瞬戸惑ったようなものに変わったのを、俺は見逃さなかった。
それはユーレシアの者に出会ったことに対するものではなく、ユーレシア王国が何かわからないといったものだ。
やはり、ユーレシア王国は弱小すぎて、少し離れた国の者には認知すらされていないらしい。
「まあ、何にしても助かったぜ。これでサウスロリエのギルドに戻れる」と男は言う。
「なら、そこのレイン王国の者のことも伝えるといい。証拠ならいくらでも持っていけるだろ」と俺はそこに転がる死体に目をやった。
王族なら、間違いなくそれを証明するものを身に着けている。
それを提出すれば、ギルドが本国に通達し、事実関係がはっきりとするだろう。
そうなれば、レイン王国は窮地に追いやられる。
「そうだな、恨みのある国はごまんとあるはずだ」と男は俺が予想したとおりの反応をする。
「悪いが俺たちはミッドリバーへ向かう。ここからなら、そっちが先にサウスロリエに着くだろうし、ギルドへの証言はできないから、そのつもりでいてくれ」
「ああ、わかった」と男は嬉しそうに口角を上げた。
現在地はミッドリバーよりサウスロリエに近く、さらに疲れているセレティアの足では、いくら整備された道であろうと、男がサウスロリエに着くよりかなり遅くなるのは間違いない。
「じゃあ俺たちは行くから、あとは頑張ってくれ」
「ちょっと待ってくれ、少ないのはわかってるが、これは心ばかりの礼だ、受け取ってくれ」
男は胸元から小さな麻袋を取り出した。
それはずっしりと重く、中にはまばゆい光を放つ金貨が何枚も入っている。
「悪いな。こんなに貰って」
「いや、それだけのことをしてもらったんだからな。そんじゃあ、俺はやることやったら、サウスロリエへ向かわせてもらうぜ」と男は転がっている死体に近づいてゆく。
俺とセレティアは男を残し、ミッドリバーへの道を探すことにした。
◆ ◇ ◆
森の中を進むと、焦げ臭いニオイが漂い始め、廃墟となっている集落を見つけることができた。男が言っていたとおり、人ではなく、魔物に襲撃されたのがひと目でわかるほどに、無残に、無秩序に破壊されていた。
そこにいたであろう人の気配はどこにもなく、薄ら寒い空気だけが漂っている。
「カーリッツ王国って、結構物騒なのね」とセレティアは何もない集落を前に呟いた。
「そうみたいだな。邪教以前に、国が傾いていて危険かもしれない」
この調子だと、俺が死ぬ前に滅びかねない。
もう王子ではないが、生きている間に瓦解していく姿を見るのは耐え難いものがある。
今でこそ、まだ大国を保っているようだが、俺の時代とは何もかもが違っている。
「でもあれね、初めて見たけど、ウォルスって戦闘一族だけあって容赦ないわね。四人を一瞬で倒すなんて」
「あれはあいつらが弱すぎただけだ」
正確には、実力を出させる前に片付けたというべきだが、出させたところで結果自体は変わっていなかっただろう。
今はそんなことよりも、セレティアがさっきのことを理解していないことのほうが問題だ。
「セレティアに一つ質問だが、さっきの男がギルドで話すと、これからどうなるかわかっているか?」
「どうなるって、レイン王国の立場は悪くなるだろうし、ユーレシア王国の名も上がるんじゃないかしら。助けたあの者もユーレシアに感謝しているでしょう」
俺はセレティアの考えに、酷い頭痛を催した。
だが逆に考えれば、これなら勉強させるために、あいつを行かせた甲斐があるというものだ。
「残念ながら少し違う」と俺ははっきりと言い切った。その答えが不満だと主張するように、セレティアは眉間にシワを寄せた。
「どう間違いだっていうのかしら。ウォルスの考えを聞かせてもらえるのよね?」とセレティアは強い口調で言い、俺の前に立ちはだかった。
「一つは、レイン王国の立場は悪くなるだけじゃない。あの女のやっていたのは、主にクラウン制度で冒険者としてやってきた連中を狩っていたこと。これは暗殺と同じで、証拠付きで露見すると当然報復がある。それも今回は複数となれば、高確率でレイン王国へ同時侵攻するだろう」
「それはわかるわよ、残りはなんなの? ウォルスがやったのは、ユーレシアのいい宣伝になったでしょう? これは疑いようのない事実じゃない」
「残念ながら、あの男がギルドで報告する内容に、ユーレシアのユの字も出てくることはないだろう」
セレティアは、何を言ってるの、という目を俺へと向けてくる。
本当はこのまま変わらず、純粋なままいたほうがいいのだろうが、もう少しクラウン制度というものを理解しておいてもらわなくてはならない。
「あいつは今回の件は全て、自分の手柄として報告する。ユーレシア王国はカサンドラ王国では警戒すべき国、として認知されるのは間違いないが。それが外に漏れてくれれば好都合だが、そこまではどうかな」
「ウォルスがやったことを、全部持っていくっていうこと?」
「まあそうだ。俺がそういう風に仕向けたからな」
「どうしてそんなことしたのよ、ユーレシア王国の名が上がるチャンスだったのに」とセレティアは顔を赤くする。
「あ、でも、本当にウォルスが言うようになるかはわからないわよね? もしかしたら、ユーレシア王国の手柄になってるかもしれないわよ」
「それはないだろう。俺の意図がわかったからこそ、あいつは俺に手土産まで渡していったんだからな」とセレティアの顔の前で麻袋を振って見せる。「ミッドリバーに着く頃には、何か動きが出ているだろう。それに、セレティアが狙ってる功績はこんなもんじゃないだろ」
「へー、ウォルスはもっと凄いことをしてくれるのね」
「あくまで俺は、セレティアの補助だからな。凄いことをするのはセレティア自身だ」
本来なら、この程度の実績でもそれなりに人は集まる。だが、こんなもので終わられでもしたら俺が困る。こんな落ちぶれたカーリッツ王国を見せられて、そのまま帰るわけにはいかない。
「そうね、わたしの魔法でもって、偉業を成し遂げてあげるわよ」
お前の魔法では無理だ、と口から出そうになったが何とか我慢した。
本当の魔法というものを教えたいところだが、どうしたものかと俺は頭を悩ませた。
今、魔法を使えるところを見せたら、それだけで俺の重要度が増し、確実に自由が減っていくのが見えている。
魔法を使える奴が仲間にでもいればいいんだが……。