第10話 奴隷、不届き者を返り討ちにする
次の町は商都と呼ばれる、大都市ミッドリバー。
だが、俺はそのミッドリバーを目指さず、近くの集落を目指すことにした。
あくまで依頼の目的は邪教殲滅。奴らは大都市よりも、小さな集落から侵食しているかもしれないと考えたからだ。
その集落への道はサウスロリエからはなく、ミッドリバーからしか通じていない。そのため、サウスロリエからは、森の中を突っ切るしか手段がなかった。
「もう道じゃないわよ。こんな所を進む意味なんてあるのかしら」とセレティアは弱音を吐く。
俺が先頭に立ち、進みやすいルートを選んでいるとはいえ、何も鍛えていない王女にとっては、この移動は少々堪えるかもしれない。
俺一人なら一日もあれば、余裕をもって到着できるが、既に丸三日は歩き詰めに歩いている。
「森で迷っている、なんてことはないでしょうね?」
「セレティアも聞いただろ、この方向に集落があると」
長主催の歓迎の場で、この周辺の情報を仕入れる機会があったわけだが、それ以上詳しいことは聞いていない。
「それにしても、全然着かないじゃない……」
確かに、そろそろ人が住んでいる気配がしてもいい頃なんだが、それが全く感じられない。さらに、魔物の数も明らかに少なくなり、森に入った当初よりも、生物の気配自体が減っているように思う――――。
俺は左手を横に広げ、「止まれ」と強く言う。
素直に従うセレティアは、休憩できることに安堵したのか、近くの木にもたれかかり始めた。
だが、俺はそうはいかない。
止めたのは、こちらに近づいてくる気配を感じたからであって、休憩のためではないからだ。
「今から客が来るようだぞ。そこから動くなよ」と言ってはみたものの、俺が言わなくてもセレティアは動くつもりはないらしく、木の根に腰を掛け、手をパタパタと振って応えてみせた。
しばらくして前方の茂みが慌ただしく揺れると、一人の男が飛び出してきた。
姿は鎧を着ていて冒険者風だが、体中を血に染め、慌てて俺のほうへ走ってくる姿は、要救護者にしか見えない。それでも、俺は救護するつもりなんてのは毛頭ない。
こちらに来て助けを求める男の腕を捻じりあげ、背後へまわり地面へと押さえつけた。
「痛ててッ……お前らも、あいつらの仲間なのかよ」と男は叫んだ。
「どういうことだ? 魔物にやられたんじゃないのか?」と俺は言いながら、こいつが不意打ちで近づいてきた者かどうか調べることにした。
男の血は、男が負っている傷から本当に出ているようで、今もその染みが広がっていっている。傷口は浅いものが多いが、それでも背中のものはかなり深く、演技で負うには深すぎるものだ。腰に携えている剣は安物ではなく、よく見ると、カサンドラ王国の紋章が刻まれている。
「魔物じゃねえよ、レイン王国の連中にやられたんだ。あいつら、ここらへんの上位冒険者を根こそぎ狩ってやがる」
「この辺に集落があるって聞いたが、その傷じゃそこに行ったほうがいいだろう」と俺が言うと、「そんな集落もうねえよ。魔物にやられて廃墟だ」と男は苦しそうに言った。
「それは、レイン王国の奴らがやったんじゃないんだろうな?」
男は首を横に振り、「俺は、俺たちはその魔物、アルギスの竜を狩る依頼を受けてきたんだよ」と口にした。
アルギスの竜、隣国のアルギス山脈にいる竜の一種で、カーリッツ王国で見かけることはほぼなく、見かければ、即王国軍が出動するという凶暴なドラゴンだ。俺が生きていた頃は、そんなことまで冒険者に頼ることはなかった。
「それより、早くお前らも逃げろ。あいつらがやってきたら――――」と顔を上げた男の顔が凍りついたように固まり、顔から温度が消えてゆく。
「追いついたら、何だっていうのかしら? よく私の攻撃をかいくぐって逃げられたわね」
男の視線の先には、血に染まった鎧を気にもしない若い女が立ち、男を見下し怪しい笑みを浮かべている。
「新しい顔が二つあるわね」と女は俺とセレティアに視線を動かした。「そのアンバランスなセット……あなたたちも、クラウン制度で冒険者をやってるのね」と嬉しそうに言った。
クラウン制度で冒険者をやっていると、命を狙われることはある。それを目的とする者も、当然のように存在する。殺し屋に頼む者もいれば、自国で腕の立つ者を差し向ける者もいる。
目の前のレイン王国の者の鎧には、はっきりと紋章が刻印されていて、記憶の中にある顔によく似ていた。
「レイン王国の王族に連なる者か」
その顔は、俺が王子だった頃に一度会ったことがある、レイン王国の王子バリアス・ラウネーにそっくりだった。
陰気で嗜虐的なものを好む瞳は、どうやら遺伝するらしい。
「どうしてそう思うのかしら?」
「その顔が、俺の知るバリアス・ラウネーに瓜二つだからだ」
女の口がいやらしく開き、その細い腰に差されてある剣へと手が伸びる。
「あなたのような下賤の者が、父のことを知っていることに興味が湧くけれど」と女はもったいぶった仕草を見せ、「でも、残念なことに、口を封じないといけないのよね」と一気に剣を抜き放った。
それと同時に、女の背後に三人の男が草をかき分け現れたのだが、そのどれも鎧を血で染めている。
そのうち一人は生首を手にし笑っており、完全に殺しを楽しんでいるとしか思えない。
俺は後ろで休憩しているセレティアと、未だ地面に転がっている男に目をやった。すると、女から、くすっ、と笑い声が聞こえてきた。
「後ろの心配なんてしなくていいのよ。あなたのあとで、ゆっくり始末してあげるから」
「――――そうか、なら一つ質問させてくれ」
「何かしら? 早くしてくれると助かるわ」と女は己の剣身についている、まだ乾ききっていない真っ赤な血液を、うっとりと見つめながら答える。
「お前たちが信仰する神はなんだ?」
女は後ろの男たちの顔を見て、示し合わせたように一笑すると、「それが死ぬ前に知りたいこと? エディナ神に決まっているでしょう」と俺を馬鹿にするように答えた。
「そうか、なら安心だ。俺もお前たちが依頼とは無関係だとわかれば手加減せずに済む」
「手加減? 面白いことを言うのね。私は魔法も剣技も一流の――」
女が話し終わる前に、一瞬で間合いを詰めた俺は、その
女は人形のように地面を激しく転がり、天を仰ぐ形で止まった。が、その胸からは噴水のように血が噴き上がり、女は現実が理解できていないのかワケのわからない言葉を発し、無意識に血を止めようと胸を押さえ始めた。しかしそれは、あまりに無意味な行為で、すぐに女は動かなくなった。
「悪いな、こちらも後ろに二人いるんでな、手加減している余裕はないんだ」
口を開けたまま動けないでいる男たちの首を一瞬で刎ね、返り血を浴びることなく元の位置へと戻る。
背後では、セレティアと気絶寸前の男が、同じように口を開いて俺を見つめていた。