第9話 奴隷、肩透かしを食らう
男たちに連れてこられたのは、長と呼ばれる老人の家だった。
この一帯では極々一般的な建物で、犯罪者が出入りしているような怪しい家ではない。何軒もの家が連なっている長屋で、この騒ぎを聞きつけた近隣住民が家の前に押しかける始末だ。
「この町はどうなってるんだ?」と俺はセレティアをベッドに寝かせながら言った。
テーブル前には長が座り、その後ろには、さっきの青年たちが背筋を伸ばして固まっている。その長はといえば、両手で顔を押さえながら嗚咽を漏らし、ただただ謝罪の言葉を並べるだけだ。
「すみません、全て、わしが許したばかりに……責任は全てわしが負いますので……」
「この町に冒険者がいないのは、全部お前たちの仕業なのか?」
「……はい」
冒険者が、あんな手に引っかかる奴ばかりとは思いたくないが、こいつらには前科があるようだし、やはり、こいつらが全ての元凶なのか?と俺は首をかしげずにはいられない。
「まずは、どうしてこんなことをしたのか、殺した冒険者の数も教えてもらおうか」と俺が言うと、青年たちと長の顔が青くなり、一斉に首を横に振り出した。
「殺してなどおりません! ただ所持金から装備品まで全て奪い、素っ裸にして他国に送り出していただけで……」
長は必死に弁解しているが、それでも結構酷いことをしていたと自白している。その自覚があるのかどうか、俺にはわからない……。
「わかったわかった、殺してないのなら、どうしてそんなことをしたのかを言ってもらおうか」
「……わかりました。全ては払えぬ税のためでございます。それを話すと長くなるのですが――――」
長がゆっくり語りだすと、固まっていた青年たちの拳が強く握られ、怒りと取れる感情が溢れ出すのが感じられた。ここ数年で何倍にも増した税によって、町の者は生活が困窮しているというのだ。領主が税の値上げを予告なく行い、払えなくなった者が最終手段として、野盗まがいのことをするようになったらしい。当然、町の連中も見て見ぬ振りをしている、ということだった。
「悪いのは、領主というわけか」
「いえ、領主様は国王陛下のご命令で、仕方なく実行なさっただけなのです」
「イルスか……」
俺が死んで十七年、弟のイルスは、ろくでもない王になっているようだ。
転生して死者蘇生魔法を完成させるつもりが、その前にやらなければいけないことが山積している事実に、頭が痛くなってくる。
「俺は邪教が幅を利かせていると聞いてやってきたんだが、お前たちはクロリナ教だろうな?」
「当然でございます! 邪教などと、そんな汚れた教えに従う者は、この町にはおりません」
言い切る長の言葉に、全員が一様に頷いてみせ、首から下げているクロリナ教の神である、エディナのクロスを取り出した。
常に持ち歩くくらいなら、敬虔な信者で間違いない、と俺は判断した。
間違っても、邪教を信仰する者が持ち歩く代物ではないからだ。
「わかったよ。そんなものを持ち歩いているのなら、邪教を信仰しているとも思えないしな」と俺が言うと、今まで緊張していた長の表情が和らぐ。
「それはそうと、この辺で、邪教の噂なんてのはないか?」
全員が互いの顔を見回し、知らない、という返事をしてきた。
その表情に嘘をついている様子はなく、本当にこの辺では邪教について、噂の一つもないとみえる。
それではこの襲撃に関して、これからも続けるのか、と俺が口に出そうとしたその時、長がそれを遮るように、「それで、今回の件につきまして、わし一人が処罰を受ける形にしていただきたく」とテーブルに額を押し付け、頭を下げてきた。
「それは無理な話だ」と俺が言うと、額とともにテーブルについている長の指が、ガリガリと音を立ててテーブルを引っ掻いた。
「――――と言いたいところだが、正直俺はどうでもいい。あの程度でやられる冒険者は、ある意味自業自得だと俺は考える。死ぬ前にやり直す機会を得られて、感謝しておいたほうがいいくらいだ」
「それでは……」
長から期待が込められた言葉が漏れると、青年たちも喉が鳴るほどのツバを飲み込み、俺が言うであろう一言に目を輝かせている。
「俺は今回の件に関して目を瞑るつもりだが、この先も野盗のようなことを続けるのなら、こんな甘い対応は期待しないことだ。あの場で、全員殺されていてもおかしくはない」
「はい……。今までの冒険者は、皆安い装備だったので、それで何事もなかったのでしょう」と長が項垂れるように口にした。
だがその内容が、俺の中で引っかかるものがあった。
この町で見たものを思い出してみる。そして、今の長の言葉と重ねると、一つの疑問が浮かび上がる。
「全員安い装備? なら、どうして今回は俺を狙ったんだ?」
「今回、あなた様のような、その、高級な装備をしている方が初めてでしたので……」
「それはつまり、今まで初心者しかいなかったということか」
「そこまではわかりませんが、少なくとも、わしらがやり始めてからは見ておりません」
町に初心者の冒険者しかいない、という状況はどう考えてもおかしい。
この町は大きくはないが、カーリッツ王国の南の玄関口であり、上位冒険者がいてもおかしくはない。ともすれば、今の状況は、別の原因を考えたほうがいいのかもしれない。それが邪教に関係しているかは、未知数ではあるが。
「……ん、んん、……ウォルス、ここはどこなの」と背後のベッドから、セレティアが眠そうな声をあげる。
セレティアはこの現状が理解できないようで、男たちを前に、まず何かされていないか自分の服を気にしだした。
「ここは、あれだ、俺が助けた連中の家だ」と俺が言ったあと、セレティアは少し嫌な間を空け、「わたしたちを襲ってきた、あの、顔を隠していた者たちはどうしたの?」と口にした。
「邪教と関係なかったから、解放してやった」
「襲ってきたのに?」
「ああ、この町に邪教は手を伸ばしてない、という情報を得られたからな」
「そう……あなたがそう言うのなら、そうなんでしょうね」
言葉とは裏腹に、セレティアは不審な目を男たちへと向ける。
「ところで、助けた方の家で歓迎されているようには見えないのだけど、何をしているのかしら?」
「……これから歓迎してくれるところなんだよ」
「そ、そうでございます。お前たちも、さっさと歓迎の準備をせぬか」
長が俺の話に乗る形で、後ろに並ぶ青年たちへ声をかけると、青年たちが慌てて外へと飛び出していった。
だが、それでもセレティアは怪しんでいるようで、俺は仕方なく、「セレティアはもう少し実力をつけたほうがいいな。あんな場面で倒れられると、俺も実力を発揮できない」と責めることにした。
「あれは、急に手足に力が入らなくなって、眠気もきたんだから」
「
「……悪かったわよ、今度から気をつけるから」
決まりが悪そうに俯くセレティア。
それからは責められるのが嫌になったようで、長へ不審な目を向けることはなく、素直に歓迎を受け入れた。