第109話 奴隷、巻き込まれる
王宮に入った途端、セレティアと引き離された俺は、一人、別室に押し込められた。
簡素なベッドとテーブルがあるだけの、今まで泊まっていた宿より環境が悪い部屋なのは言うまでもない。
ここでの立場はただの奴隷であり、ネイヤたちとは立場が違う。
それは理解しているが、初めてここへやってきた時よりも、断然待遇が悪いのは納得がいかない。
それに、王宮にいれば、死者蘇生の実験すらできなくなるのは間違いない。
偽アルスのこともあり、なるべく早くここを出ていかなければ、とベッドに寝転びながら考えている中、扉からコンコンという軽快な音が響く。
「陛下がお待ちだ。さっさと報告をしてこい」
ただの衛兵に上から目線で話しかけられる。
久しぶりのことであり、なかなか新鮮ではある。
だが、ネイヤたちとのこともあり、ここでの立場も少し改善させたほうがいいかもしれない。
衛兵に連れられ謁見の間に入るが、そこにはセレティアの姿はなく、王と、その横には、なぜかフレアとルヴェンの姿があった。
嫌な予感がするが、どうしようもないため、片膝をついて挨拶を済ませる。
クラウン制度でセレティアと旅をして得たものなどを報告し、無難に王と会話をこなすが、横の二人が気になって何を話しているか自分でもわからなくなってきた。
「ウォルスよ、どうかしたのか? さっきから心ここにあらずといった感じだが……」
王は俺の異変に気づいたらしく、慌てた様子で尋ねてきた。
「いえ、フレア殿下とルヴェン殿がこの場にいることが、気になりまして」
「おお、そのことであったか。それはだな、このルヴェンから一つ提案があっての、クラウン制度でセレティアの護衛奴隷として、多大な貢献をしているそなたと、仕合をしたいという申し出があったのだ」
想像以上にあのルヴェンという男はしつこいようだ。
今も陛下の横に立ちながら、こちらに敵意を込めた目を向けている。
戦士長というくらいなため、腕に覚えがあるのだろう。
だが、俺の強さもそれなりに伝わっているはずだ。
それでも仕合をしたいというのは、俺の強さに関して疑っているのか、それ以上の強さを自負しているか、そのどちらかだろう。
「私は一向にかまいませんが、一奴隷との仕合など、戦士長殿の名に傷がつくのではありませんか?」
「そらなら心配はいらぬ。このルヴェンも、元は奴隷だった身。いや、今もだったか」と王は嬉しそうにフレアに顔を向けたが、完全に無視される。
「ウォルス・サイ、このルヴェンと勝負するわよね」
「ご命令とあらば」
俺の返事を聞いて、フレアは目尻を下げ、ルヴェンは不敵な笑みを浮かべる。
その後、王から仕合は明日の昼だと告げられ、俺は謁見の間から追い出されると、再び小さな自分の部屋に押し込められた。
――――ああ、この仕打ちも奴の息がかかっているせいか、と思うと妙に納得がいった。
◆ ◇ ◆
どれくらいの時間が経過したのか、小さな窓から見える世界は既に暗く、明かりをつけなければ、部屋は真っ暗で何も見えない。
明日の仕合まで、自由になれないのは決定したようだ。
俺はベッドに転がりながら、死者蘇生の魔法式を頭の中で組み替えていた。
基本的な構造に問題はなく、ヴィーオの言葉どおりなら、完成させても魂をこの世界に定着させることはできない。
「今の死者蘇生魔法が、不完全だとも言い切れない……か」
偽アルスが使っているであろう、錬金魔法のほうが、今は優位性がある。
だが、あの偽アルスでさえ錬金魔法で擬似的に蘇らせていることを考えると、俺がやろうとしている魔法は上手くいかなかったということだ。
――――この世界と、魂の結びつきを強くする方法。
そんなものが存在するのか、いくら考えても答えは見つからない。
ヴィーオが言うとおり、魔法でどうにかなるレベルではないのか?
深く考えすぎてエネルギーを消費しすぎたのか、腹から大きな音が響く。
「ウォルスさん、いらっしゃいますか? お食事をお持ちしました」
食事抜きかと思っていたタイミングで、扉の向こうからフィーエルの声が聞こえた。
「開いている」
ゆっくりと扉が開き、トレイに奴隷用とは思えないしっかりした量の料理を盛ったフィーエルが顔を出す。
「セレティアさまからです」
「今夜は食事抜きかと思っていた」
フィーエルはテーブルにトレイを置いて、「例の、仕合の件ですか?」と尋ねてきた。
「ああ、面倒なことだけ増える。とりあえず、俺の力を見せて待遇を改善させようかとは思っている」
「そうですね」
フィーエルは簡素な部屋を見回しながら苦笑いを浮かべた。
そんな姿を目にし、フィーエルに聞かなければいけなかったことが思い出される。
こんな機会じゃなければ聞くこともできない重要なことだ。
「フィーエルに聞きたいことがあるんだが、時間はあるか?」
「少しだけなら大丈夫です」
こんな部屋で二人でいたら怪しまれるだろうし、さっさと要件だけ済ませるか、と俺は単刀直入に尋ねることにした。
「イルスのことなんだが、あいつは昔から魔法に秀でていたのか?」
「どういうことでしょうか?」
フィーエルは俺の質問の意味がわからないのか、首を横へ傾ける。
「俺が知るイルスは、せいぜい三等級魔法くらいまでしか使えなかったはずなんだが、王宮で会ったあいつは、俺の水属性無効魔法を瞬時に見破ってな」
「それなら可能かと思います。イルス様が使う魔法については、ウォルスさんがおっしゃるように、三等級魔法までしか私も見たことはありません。それでも、アルス様の魔法や私の魔法を普段からご覧になられ、魔法を識別する目はかなりのものがあったと思います」
「――――そうか、俺が知るイルスとは違うな。性格も違うんだ……」
「そんな悲しい顔をなさらないでください」
フィーエルも人のことを言えないくらい悲しそうな表情を作り、俺の顔を覗き込んできた。
だが、これでほぼ確定したことがある。
認めたくはなかったが、この世界は俺がいた世界と違うのはほぼ間違いなく、イルスは俺が知る弟ではないということだ。
元々あった力だというのなら、それだけを理由に、アルスと協力関係だと断定することができなくなったわけだが……どう判断したものか……。
「俺はイルスと直接顔を合わせ、邪教側だと思ったんだが、フィーエルは今でもイルスは関係ないと思うか?」
「私は、以前のイルスさまと、逃げる直前までのイルスさまに違いはありませんでしたし……アルスさまとよくお話をするようになった、くらいにしか……」
この世界のイルスとフィーエルが、いったいどんな関係を築いていたのか、俺にはわからない。
今となっては、俺の中の記憶が邪魔にすらなっているように思う。
偏った判断しかできないのなら、ここは一旦、イルスについては白紙にしておいたほうがいいのかもしれない。
あのイルスがこの世界でのイルスなら、俺の先入観だけで邪教側と決めつけるのは早計だ。
この世界のイルスなら、錬金魔法のことも既に耳に入っていて、あの時、俺にカマをかけたことも考えられる。
偽アルスの行動と同時に、イルスの動きを同時に観察したほうが賢明か、と俺はイルスに抱いた疑惑を消し去ることにした。