14話 聖女候補の母は夢を見る
アンジェ・パーカーはシェリダン侯爵領のはずれ、モーリスという町で生まれた。
父のヘンリーはその町の町長で、年の離れた妻と娘を溺愛している。
ヘンリーと妻のベラの出会いは、国境沿いにある娼館だ。ベラの母はそこの娼婦で、父は誰か分からない。
ベラは娼館で生まれた娘がそうであるように、小さな頃は下働きとして働き、店に出れるようになってからは母と同じ娼婦になるはずだった。
だがたまたま店に行ったヘンリーがまだ幼いベラを見染め、家族を亡くした身寄りのない遠縁の娘として屋敷に連れ帰り、その後、妻に迎えた。
ベラの父親はおそらく貴族だったのだろう。守護精霊を得るほどではないものの、わずかだが魔力があった。
洗礼の際に、魔力を感知する魔法陣が反応したのだ。
ほとんどの平民は魔力を持たない。
持っているとしたら、それは何代か前に貴族の血が入っているからだ。
だからベラに貴族の血が入っている事が証明されて以降、ヘンリーはことさらにベラを大切に扱った。
しかも娼館で育ったベラは幼いながらも男を操る手管に長けていた。
いつしかヘンリーは、ベラの我儘を何でも聞くようになった。
しかし田舎の町長に過ぎないヘンリーには、ベラが望むだけの贅沢をさせてあげられるはずもない。
ベラはヘンリーを踏み台にして、もっと裕福な男に乗り換える事も考えた。
だが娼婦の娘であるベラを正妻として扱ってくれるのは、ヘンリーくらいのものだ。
たとえヘンリーより裕福な男に望まれたとしても、その待遇は愛人だ。
若い頃は贅沢ができるだろうが、歳をとって容色が衰えた時に着の身着のまま放り出され、行く当てもなく娼館に流れ着いた女たちを、ベラは何人も見てきた。
母のように娼婦として働くよりも今の生活の方が恵まれている。
そう納得するのだが、領主であるシェリダン侯爵のロマンスを聞くたびに、ベラは「もしも」と考えてしまう。
美丈夫と名高いシェリダン侯爵は、迷いこんだ王家の庭で隠された王女と出会って恋に落ちたのだという。
それは形こそ違えど、ベラとヘンリーの出会いと同じではないかと思った。
もしベラの母のいる娼館を訪れたのがシェリダン侯爵であったならば……。
ベラを一目見て恋に落ちたのではないだろうか。
王家の怒りを買い一年もの間登城を禁止されても、シェリダン侯爵は愛を貫いた。
愛する人の為にそこまでするシェリダン侯爵ならば、恋に落ちた相手がベラだったとしても大切にしてくれたに違いない。
その考えは、ベラの心の奥底で消え去る事なく
一介の町長の妻と侯爵では接点がない。
だが、自分の娘が侯爵家の娘と同じ年だという事を知って、それを利用する事を思いついた。
十歳の時に教会で洗礼を受けるのは、貴族も平民も変わらない。
その時に町の小さな教会ではなく、領都の司教がいる教会で受けさせれば、侯爵と会えるのではないだろうか。
それはとても良い考えだと思った。
娘のアンジェはベラの美貌を受け継いで生まれ、両親に溺愛されてすくすくと育つ。
ベラにとってアンジェはシェリダン侯爵と出会う為の大切な存在だ。
何をしても褒めてあげた。
アンジェの洗礼式の日が、刻一刻と近づいてくる。
夫であるヘンリーにねだって手に入れた美容液やクリームを使っているベラは、子供がいるとは思えないほど若く美しい。
侯爵は、洗礼式で妻よりも美しいベラに出会って、心を奪われるに違いない。
洗礼式の当日、夢にまで見たシェリダン侯爵は、想像以上に凛々しい美丈夫だった。
せめて……せめて一目でも自分を見てくれたなら、きっとあたしと恋に落ちるのに。
ベラの願いが届いたのか、手を引く娘に何か言われたシェリダン侯爵は、教会の中を見回した。
ステンドグラスから差しこむ光に照らされて、光り輝いているような美貌の侯爵と一瞬目が合う。
金色の髪に宝石のきらめきのような色が落ち、抜けるような空の青さを持つ瞳が、ゆっくりと瞬きをするのを、夢のように見つめた。
あたしはここよ。
どうか見つけて。
あたしはあなたの為に生まれてきたの。
ベラは万感の思いをこめて、侯爵を見る。
だが侯爵の視線は、何の関心も持たないままベラの上を通り過ぎる。
失望は、やがて怒りに変わった。
その怒りは、後ろ姿しか見えない彼の妻と娘に向かう。
洗礼式が終わって、シェリダン侯爵の娘と自分の娘の守護精霊が判明すると、ベラは歓喜した。
元王女といっても、しょせん母はただの侍女。
エアリアルしか得られないような、できそこないの娘しか産めない役立たずではないか。
それに比べてあたしは。
娘のアンジェは光の精霊シャインの加護を得る事ができた。
いずれ聖女になれば、王妃にだってなれるに違いない。
王妃の母となれば貴族よりも上だ。
であれば、年老いたヘンリーなど捨てて、シェリダン侯爵を愛人にしてやってもいいかもしれない。
魔力のある者は、必ず魔法学園に通わなければならない。
それまでの間、アンジェにはベラが知る限りの手練手管を教えこもう。
そこで高位の貴族を虜にし、それを足掛かりにして王妃をめざす。
ベラはヘンリーから「妖精のようにはかなげだ」と言われる微笑みを浮かべて、慈愛のまなざしをアンジェに向けた。
アンジェの話を書くつもりが、母親の話になってしまいました。
あの親にしてこの子あり、って感じになったかな(汗)
ちなみにヘンリーがベラを屋敷に連れてきたのは洗礼前です。