第103話 奴隷、元弟と再会す
王宮は魔法師たちの協力もあり、ほぼ復旧が終わっていた。
細かい装飾は専門の職人がやることになるため、遠目には完全復旧と言ってもいいレベルだ。
「ユーレシア王国なら、ここまでするのに数倍の時間はかかりそうね」
セレティアは王宮を見上げながら、感心したような声を上げる。
「今はリゲルやガルドが魔法師を育成している。数年経てば、この程度ならやってのけるレベルにしてくれるだろう」
「エルフって、全員魔法に秀でているのかしら?」
「さあ、それはどうかな。少なくとも、ハイエルフでフィーエルの兄であるリゲル、ネイヤと戦ってみせたガルドの魔法は、そこらにいる魔法師じゃ相手にならないだろう。まあこれも勉強して入れた知識にすぎないがな」
セレティアが探りを入れているように感じたため、それとなく説得力を持たせて話す。
「ユーレシア王国には、魔法師隊すらないんだけど……今頃苦労してそうね」
セレティアは他人事のように言うと、クスリと笑ってみせた。
世の中には、セレティアのように才能があっても、師に恵まれていない者もきっといるはずで、初級魔法すらままならない者もいるはずだ。
世界的に魔法師の数が少ないのも、そういう部分が大きいのだろう。
既得権益というやつで、無駄に魔法師に育ってしまうと困る連中もいる。
「誰か出てきたわよ」
城門をあっさり通され、馬車で待機させられていた俺たちの前へやってきたのは、一人の女だった。
背筋が伸びてキリリとした中年の女に、俺は見覚えがあった。
かつて、フィーエルの世話をしていたミリアだったからだ。
今はメイド長になったらしく、以前のような気だるけな雰囲気はどこにもない。
「おまたせして申し訳ございません。案内役を仰せつかりました、ミリア・ハーミットと申します」
「よろしく頼む」
あちこちから、こちらの動きを監視している兵士がいるため、大仰に右手を差し出す。
ミリアは少し躊躇した様子を見せたが、その手を握ってきた。
念の為に確認したが、間違いなく人間のようだ。
「では、中へどうぞ」
俺とセレティアが歩きだす後ろで、ベネトナシュは馬車に待機したまま動かない。
それを目にしたミリアが足を止める。
「全員お連れするようにとの、陛下からのお言葉です」
驚いた顔を見せるベネトナシュは返事をせず、俺たちに答えを求めるように視線を泳がせる。
「だそうだ。俺としても、近くにいてもらったほうが助かる」
「断る理由もないし、いいんじゃない?」
「……わかりました」
渋々了承したベネトナシュが、最後尾に付いてくる。
どういう意図で呼びつけるのかは知らないが、離れていて何かあっては、助けることもできないため、俺にとっては好都合でしかない。
魔力感知で王宮全体を調べてみるが、偽アルスらしい魔力の持ち主は感じられない。
無駄だとはわかっていたが、どうにかして探索する時間を作って調べたいところではある。
今は目の前の、十七年ぶりの弟イルスが、どんな王になっているのか、そのことに意識を集中する。
この目で見られることに少し胸が高鳴り、それと同じくらい不安もよぎる。
前を歩くミリアは、ベネトナシュが付いてくるのを確認すると、謁見の間ではなく、とある部屋の前へ俺たち連れてきた。
扉の前には屈強な衛兵が立っており、中がただの待機部屋でないのは一目瞭然だった。
「中で陛下がお待ちしております。昼食を食べながら、ゆっくり会話を楽しみたいとのことです」
「やけに準備がいいんだな」
「ハーヴェイ様から、皆様のことは伺っておりましたので」
セレティアから「ああ、そういうことね」と妙に納得した声が漏れる。
ミリアの合図で扉が開かれると、中には、豪華な料理が並べられたテーブルがあり、その料理に見劣らぬ豪奢な服を纏った初老を過ぎた男が座っていた。
顔にはシワがかなり増えているが、俺の弟、イルス・ディットランドで間違いない。
「よく来てくれた。断られるかと思っていたが」
イルスの背には、魔法師と剣士が二人ずつ待機しており、こちらの動きを常に監視している。
「こちらとしましても、イルス王に謁見できるよい機会でしたから」
セレティアが返事をし、俺とベネトナシュの紹介を始める。
その間、じっくりとイルスを観察するが、特に怪しいところは見当たらない。
フィーエルが言っていた、偽アルスと良好な関係を築いていたという話から、偽アルス側かという疑いもあったが、敵意も感じなければ、テーブルの上の料理にも毒物はない。
もっと懐かしい思いが湧いてくるかと思ったが、そんなことはなく、今は警戒心のほうが遥かに上回っている。
「私の娘と甥が迷惑をかけたことを詫びよう。まさか剣を向け、国外追放のような真似までしていたとは、実に情けない」
イルスは大げさに頭を抱え、天を仰ぐようなポーズを取る。
俺が死んでからいろいろあったのだろうが、イルスの雰囲気が、俺が知っている以前のイルスとは違うことに気がついた。
どちらかと言えば、大人しい部類のイルスが、実に堂々とした態度を披露している。
謝罪という場を設けたことに関しては、以前の謙虚さからかと思ったが、どうやらそうではないらしい。
違う意図があって、俺らを招待したのは間違いないようだ。
「まあ堅苦しいのもここまでだ、さあ食べて楽しんでくれたまえ」
イルスはマナーは関係ないとでも言うようにグラスを掲げ、中に入っていた真紅の酒を一気に飲み干した。
この中で一番場違いと思われるベネトナシュは、さっきから固まって料理に手を付ける気配すら見せない。
「ベネトナシュ、マナー云々はいいらしい。適当に食べていいぞ」
「……はい」
ベネトナシュは海賊出身で、このような場で食事をしたことがないのはわかっている。
マナーが関係ないとはいえ、酒場のような場所ではないのだ。
俺が率先して目の前で披露すると、ベネトナシュはそれを完全に複写してみせる。
その様子を、目を細め、ただじっと見つめていたイルスが、グラスをテーブルに置いた。
「騎士団長であるダラスに勝ったという青年は、君のことかな?」
「まあ、剣を交えたのは事実ですが、勝ったというのは語弊があるかと。ダラス殿が本気を出していれば、どうなるかはわかりませんよ」
「ダラスから聞いていたのとは別人のようだね。もう少し、自信に満ちた若者だと聞いていたのだが」
「印象は人それぞれでしょう。私は自信家ではありませんから」
イルスは俺という人物を見極めるかのように、俺の反応を隈なく観察しているように見える。
それと同じように、ベネトナシュも態度が急変した俺を、手を止め見つめてきた。
「それにしても、王宮の復旧は目を見張るものがありますね。流石、ヘルアーティオを撃退した魔法師隊。街を歩いていても、アルス殿下の名が聞こえてこない時はありませんでした」
偽アルスと仲がいいというイルスに対し、褒めるところから情報を引き出そうとしたが、イルスは俺の想定外の反応を示した。
喜ぶことも、納得することもなく、ただ興味なさげに「ああ、そうか」と聞き流す。
「ウォルスだったか、君は兄アルスに興味があるのか? それとも魔法に興味が?」
イルスと俺は仲は悪くはなかった。
だが、ここまで露骨に興味がない、という態度を取られる仲でもなかったという自負はある。
それに、今のこの質問は、俺に探りを入れにきているように思える。
イルスの目が一瞬だが、鋭くなったのを見逃さなかった。
「少し魔法も嗜んでいるので、興味がないと言えば嘘になります」
誤魔化すことも考えたが、ここで隠してボロを出すよりはいい、と判断して俺は答えた。
「ほう、ダラスからは魔法を使うという報告は受けていなかったが……その強さで、魔法も扱えるとは興味深い」
ほんの少しだが、イルスの魔力に揺らぎが生じる。
イルスは魔法に長けた弟ではなかったが、それなりに魔力を抑える技術は心得ていた。
それが揺らぐということは、今の俺の答えに動揺したか、悪い意味で興味を抱いたということになる。
どちらにしても、あまりいい兆候ではない。
イルスは俺の顔色を窺うように、ジッと俺の顔を見つめると部屋の空気に変化が起きた。