第100話 奴隷、再びカーリッツ王国へ
「ベネトナシュから連絡はきたか?」
「いえ、まだ何もありません」
ネイヤの表情は優れない。
カーリッツ王国の動向を探るよう連絡を入れてから、それなりの日数が経つ。
俺たちはその間に海を渡り、カサンドラ王国のシュレスター港に着いていた。
港には以前来た時よりも、軍用品が多く積み上げられているように見える。
ヘルアーティオの件で、軍備を増強しているのは間違いない。
「お待ちしておりました。セレティア様」
声をかけてきたのは、ベネトナシュ以外で唯一名を覚えているフェクダだ。
クルンクルンの巻毛を揺らす元気な姿に、変わったところはない。
だが、他の者の姿が見当たらない。
「ネイヤ様も、ご無沙汰しております」
「フェクダ、あなただけなのですか?」
「皆はカーリッツ王国の、ブランシュでお待ちしております」
ブランシュと言えば、王都の手前の町だ。
ユーレシア王国の者は目をつけられているため、流石に、王都に入るのは無理だったのかもしれない。
今も潜入方法に手間取っているのなら、連絡をなかなかよこさないのも納得できる。
「皆様は馬車にお乗りください。御者は私がいたしますので」
フェクダの横を颯爽とアイネスが通り抜け、フェクダが驚いた表情を作る。
その様子に、セレティアとフィーエルが失笑し、馬車の中へと入ってゆく。
ネイヤはフェクダとしばらく会話をし、最後に難しい顔をして乗り込んできた。
「何か気になることでもあったのか」
「フェクダもベネトナシュから連絡がないそうで、詳しいことはわからないと」
「情報が手に入らず焦っているのかもな。王都に入れないのなら、俺が一人で潜入するのも手だ」
事前に潜入できなかったのならそちらのほうが、俺としては自由に動き回れて助かる。
ユーレシア王国の縛りから解放されるほうが、情報収集もしやすいというものだ。
今のネイヤとフィーエル、それにベネトナシュたちがいれば、大抵の敵には対処できるため、セレティアを置いていっても大丈夫なはずだ。
「王都までの道のりでは、フィーエルを捜している様子も、ユーレシア王国に者に対する取り締まりもなかったようで、どうして連絡がないのかわからないと」
「どういうことだ?」
「フェクダはブランシュに着いて、即こちらに向かったようなので、その後のベネトナシュの行動はわからないそうなのですが、それでも、王都に入れないような空気はなかったと」
今の話のとおりなら、予想に反し、潜入に手間取ることはないということになる。
「俺たちにかけられていた疑いが、晴れたということか」
「かもしれません。フィーエルに関しても、かなり前にエルフの捜索は打ち切っているようです」
「俺たちと関係があると睨んで、おびき寄せる作戦か、それとも、全く関係なく、手がかりすらないから打ち切っただけなのか……まだ何とも言えない状況か」
ヘルアーティオの襲撃で混乱しているだけ、というだけでは説明がつかない。
混乱しているのなら、全員で王都に入ってもいいかと思ったが、どうやらそうではないらしい。
かなり前に打ち切っているのが問題だ。
フィーエルへの執着を、その程度でやめるとは思えない。
他の要因で打ち切ってもいいと判断できることができたのか。
何にせよ、警戒していないのは、警戒している以上に不気味で注意しなくてはいけない。
「全てはベネトナシュから、直接話を聞いてからになるな」
「そうですね。連絡がないのが気がかりです」
ネイヤはそう言っているものの、心配している様子は特に見受けられない。
ベネトナシュを信頼しているからこそ、無闇に心配する必要がないのだろう。
俺としても、ベネトナシュが下手を打つとは思えない。
「ベネトナシュなら、きっといい情報を持って出迎えてくれるだろう」
◆ ◇ ◆
カサンドラ王国からカーリッツ王国まで、いくつかの国を跨ぐが、移動してみると、各国ともヘルアーティオを相当警戒しているのがわかった。
国境を警備する兵の数が明らかに多く、通るにも通常の数倍の時間を要する。
主要な町には結界も張られ始め、もうすぐ戦争を始めるかのような雰囲気の所さえあった。
「到着いたしました」
フェクダの声とともに馬車はその速度を緩め、ブランシュにある、とある宿に横付けされる。
そこにはいくつか馬車が並ぶが、その中の一つがやけに目立つ。
「あれは……」
「ユーレシア王国の、王族専用馬車ね」
俺の独り言に、セレティアが被せるように呟いた。
はっきりとユーレシア王国の紋章が刻まれたそれは、他のものよりも明らかに造りがしっかりしているため、嫌でも目に留まる。
「フェクダ、あれに乗ってここへやってきたのか?」
「いえ……普通の馬車でしたけど……」
フェクダもわからないようで、首をかしげるばかりだ。
こんな目立つものがここにあるのが、ベネトナシュから連絡がないことと関係があるのか……。
だが、そんなことを全て吹き飛ばす人物が、宿から姿を現した。
当の本人である、ベネトナシュだ。
「ベネトナシュ、これはどういうことだ。ネイヤにも連絡していなかったようだが」
俺が馬車へ視線を向けながら言うと、ベネトナシュは言われるのがわかっていたかのように謝罪をし、すぐさま俺たちを宿の中へと通す。
連れてこられたのは、宿の最上階にある、一番広い部屋だ。
そこには他の者たちも揃っており、ネイヤの顔を見るなり、安心したような表情を見せる。
「まずは、連絡できなかったことをお詫びいたします。何分、用心のために魔導具は宿へ置いてゆき、その後も連絡を探知されぬよう控えていましたので」
「そこまで用心する必要があった、ということでいいんだな」
「はい。こちらの動きはここへ到着した時点で、既に捕捉されていたようでして、カーリッツ王国側から接触を図ってまいりました」
「なんだと!?」
意外な答えに、セレティアたちの表情にまで緊張が走る。
「イルス王が、セレティア様にお会いしたいとの申し出がありました」
「どうしてそんな話になってるんだ」
イルスはセレティアと接点はない。
罠の可能性すら存在するが、本当にイルスが言っているのなら、既に逃げ道は塞がれていると思っていい。
だが、王宮に無条件で入ることができ、中を探ることができるのは、またとない機会だ。
ただその場合、フィーエルを連れていくことはできなくなる。
ネイヤもフィーエルの側に残していくほうがいいだろう。
「イルス王の娘であるフェスタリーゼ殿下が、こちらを邪教の手先と疑い、あまつさえ、甥のハーヴェイ殿下に追放されたことについて、一度詫びたいと」
「確かに、あの娘には酷い疑いをかけられた……」
「ウォルス、どうして声が小さくなるのよ」
「いや、ベネトナシュたちは顔も知らないだろうなと……」
セレティアは少し間をあけ、「そうだったわね」と納得したような顔を見せる。
「知らないと言えば、私のほうからも質問があるのですが……」
ベネトナシュが先ほどまでと違い、怪訝な表情でセレティアを見つめる。
「何か気になるのか?」
「その、セレティア様の肩に座っているのは何でしょうか……」
ベネトナシュたちの視線が、セレティアの肩でくつろぐアイネスへと向けられた。