8話 目立たないように入学します
魔法学園の入学式の日は見事な快晴だった。
レナリアは侍女としてついてきたアンナに髪を結われながら、初めて通う学校というものにワクワクしていた。
寮の自室は女子寮でも一番広くて豪華な貴賓室となっている。侍女の間や護衛の間までついているのが素晴らしい。
護衛にはアンナの従兄弟のクラウスがついてきてくれた。
アンナによく似た優しそうな風貌だが、その腕は領軍の中でもトップクラスだ。
アンナも気心の知れた相手と一緒だという事で、安堵している。
元々は王族が入寮する時に使われる部屋だが、現在の王家には王子しかいない為、卒業までレナリアが使うことになっている。
さすがに王族が使う部屋だけあって、備え付けの調度品も素晴らしい物が多い。
レナリアの前にあるドレッサーも、花の形を模した鏡を両側から薄い衣を纏った羽の生えた少女が支えている。
その姿はまるで少女版のエアリアルのようだ。
「フィルが女の子だったら、こんな感じかしら」
「お嬢様の守護精霊様は、男の子なのですか?」
「……そういえば、守護精霊に性別ってあるのかしら」
自分の事を僕と言っているから男の子だと思っていたけれど、もしかしたら女の子かもしれない。
レナリアはフィルを呼んで聞いてみようかと思ったが、そんな些末な事で呼ぶ事もないかと思い直した。
「それにしてもお嬢様の守護精霊様は凄いんですね。普通はエアリアルの姿は守護されている本人にも見えないのでしょう?」
「そうみたい。そのおかげで私も強い魔法が使えるようになったのよ」
「でもわざわざこんな姿をしなくても……」
「だって王室には嫁ぎたくないんだもの」
かつてエリザベスを疎んだ王妃は未だ王太后として健在だ。
仮にレナリアが王子のどちらかと結婚したとして、疎まれるのは確実だろう。
アンナと二人きりになったレナリアは、そう説明していた。
豪奢な鏡を見ると、そこには一緒に映る部屋の調度品にそぐわない地味な少女がいる。
レナリアはこれならば目立たずに学園生活を送れるだろうと、満足の息をもらす。
「さあ、そろそろ行きましょうか」
そろそろ入学式が始まる。
レナリアは緊張しながらもアンナとクラウスを伴って、式典の行われる講堂へと向かった。
学園のほぼ中央にある講堂に入ると、正面の壁には鮮やかなフレスコ画が描かれていた。
優しい微笑みを浮かべた女神が、跪く生徒の頭に月桂樹の飾りを乗せていて、その周りを守護精霊たちが囲んで祝福している絵だ。
絵の両脇には、剣を掲げる人の石像と、杖を掲げる人の石像が飾られている。
前方には豪華なビロード張りの椅子が置かれ、後ろになるにつれて席の間隔は狭くなり、最後列には長椅子が置かれている。
身分の低い者から入場するのが決まりになっている為、レナリアの入場は一番最後に入場する第二王子の前だ。
レナリアは入口でアンナとクラウスと別れると、中央の通路をゆっくりと進んだ。
長椅子に座っているのはおそらく洗礼で守護精霊を得た平民だろう。それほど数は多くないが、緊張した面持ちで前を向いている。
赤い背面の椅子に座っている低位の貴族の横を通ると、嘲るような含み笑いの気配がする。
シェリダン侯爵家の薔薇の蕾が入学すると聞いて、どれほど美しい令嬢が現れるのかと思っていたら、あまりにも地味で冴えない娘だ。
前評判が高かった為に落胆する者が多いのだろう。
悪い意味で注目を浴びているレナリアだが、それも一時の事で、すぐに自分の事など誰も気にしなくなるだろうと思っている。
レナリアは最前列まで行くと、二脚だけ置かれた、ひときわ豪華な左側の椅子に座る。
ドレスを着ていたならばレナリア一人で綺麗に座る事はできなかっただろうが、制服の場合は座った時のドレープの美しさなど気にしなくてもいい。
全員が同じ制服を着るのは個性がなくてつまらないのではないかと思っていたレナリアだが、案外悪くないのかもしれないと思い直す。
講堂では、中央の通路の右側に男子生徒が、左側に女子生徒が座るようになっている。
かすかな衣擦れの音がして、通路を挟んだ右手に男子生徒が座る気配がした。
第二王子の入場だ。
レナリアは好奇心を抑えられず、そっと隣に座る王子に視線を向けた。
そして次の瞬間、息を止める。
そこにいたのは、夢で見た姿よりも少しだけ幼い、マリウス王子だった。