3話 前世は聖女でした
思いっきり前世を思い出したレナリアはそのまま気を失って、やっと目を覚ましたのは翌日の昼過ぎだった。
「レナ。……レナリア!」
レナリアがぼうっとしながら目を開けると、そこには心配そうな両親と兄の姿が見える。
夢の中で見た前世のレナリアにはこんな風に心配してくれる家族はいなかったから、それだけで涙が出そうになった。
「レナ、守護精霊がエアリアルでもそんなに悲観することはないんだよ」
「そうよ。風がないと船だって動かないわ」
「風車で粉も曳けないね」
両親と兄が、レナリアの手を取って必死に言葉を続ける。
そういえば、とレナリアは思い出す。
私の守護精霊ってエアリアルなのよね。
見えないけど……いるのかしら。
レナリアがキョロキョロと視線を動かすと、まるでレナリアの心の中の声に応えるかのように、髪の毛がふわっと風をはらんだ。
「わぁ」
思わず歓声を上げると、両親と兄もそんなレナリアを優しく見つめる。
「レナのエアリアルはレナが大好きなんだね。ほら、こんなに喜んでる」
兄のアーサーがふわふわと揺れるレナリアの金色の毛先を指でつつく。
確かにそう言われてみれば、弾むような動きかもしれない。
そこまで喜んでもらえると、最初に自分の守護精霊がエアリアルだと知ってがっかりした事が申し訳なくなる。
それにレナリアが倒れた原因はエアリアルではなくて、前世の記憶のほうだ。
「エアリアル、私別にあなたが嫌ってわけじゃないのよ。……そう、ちょっとびっくりしただけですの。えーっと、これからよろしくお願いしますね」
いるのかどうか分からないけど、握手をするように手を差し出すとその指先に風を感じた。
「本当ね。凄く喜んでくれてるみたい」
確かにエアリアルの姿は見えないけれども、風がその存在を教えてくれる。
レナリアがにこにこと指先を見つめていると、再び風がぴゅうと吹いた。
エアリアルは目に見えないから人気がないけど……。
でも逆に、人気のない守護精霊で良かった。
だって前世の時みたいに特別な能力なんて持っていたくないもの。
目標は、目立たずひっそりのんびり暮らしましょう!
「でも元気になって良かったわね」
「ああ。これなら魔法学校へ行っても大丈夫だろう」
心の中でそんな目標を立てていたレナリアは、両親の言葉に大切な事を思い出した。
魔法の才能があるものは、学園都市へ行って魔法の勉強をしなければならないのだ。
レナリアもどんな種類の守護精霊がついてくれるかは分からなかったものの、魔力があるのは分かっていたから、洗礼を受けた後はすぐに魔法学校へ入学する事が決まっていた。
「入学の事、すっかり忘れてました……」
思わずそう言って両親を見ると、驚いたような顔が返ってきた。
「まあ。あんなに楽しみにしてたじゃない」
「ええ。そうなんですけど……」
正直に言ってしまえば、魔法学校へは行きたくない。
なぜなら今の魔法学校にはこの国の第二王子が通っているからだ。
もうレナリアは何があっても王族とは関わりたくない。
いや、王族だけでなく、高位の貴族ですら嫌だ。
レナリアの母が王族であることから、さすがに王位継承権はないものの、レナリアは王族へ嫁ぐのにふさわしい血を持っている。
前世の記憶を思い出すまでは、自分と結婚するのは第二王子がふさわしいのではないかとすら思っていた。
だがそんな軽い気持ちでうっかり第二王子と婚約してしまったら、また王子に片思いする令嬢に殺されてしまうかもしれないではないか。
それは絶対に嫌だ。
それならば貴族の端っこに引っかかっている程度の男爵家に嫁いだ方がまだマシだ。
だが魔力のある者は必ず魔法学校へ通って魔法の使い方を覚えなくてはいけない。
洗礼を受ける前のレナリアはそういうものなのだとただ漠然と考えていたが、前世の記憶を持ったレナリアは、魔力の使い方をきちんと学ばなければ命を使い果たして死んでしまうからだと理解していた。
風魔法なら、聖魔法よりも命を使わないはずだけど……。
もし少しでも聖魔法が使えるのであれば、エアリアルではなく光の精霊であるシャインが現れたはずだ。
だが洗礼の時にレナリアの元に現れた守護精霊はエアリアルだった。
ならば、レナリアの得意な魔法は風魔法だろう。
風魔法は前世でも聖魔法の次に得意だった魔法だが、聖女だったレナリアが聖魔法以外を使う事は滅多になかった。
だからそれほど得意という訳でもなかったのだが、目立たずに学園生活を送るのが目的であれば、その程度の力でちょうど良いだろう。
前世は聖女だったけれど、今世では全てに手を抜いて目立たないように過ごそう。
うん、そうしよう。
よきよき。
一人納得するレナリアであった。