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前世聖女は手を抜きたい よきよき【コミカライズ開始】 作者:彩戸ゆめ

エレメンティアード

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134話 教皇ユリウス

 高くもなく、低くもない、ちょうど耳に心地よい声が聖堂に響き渡る。


 日の光を紡いだような輝く金の髪が、白皙の頬にはらりとかかった。


 伏せた目の奥には神秘に輝く紫の瞳が隠されているが、それが見えずとも教皇ユリウスの美しさは群を抜いている。


 聖句を唱え終わり、ゆっくりと振り返る。


 魂が魅入られてしまいそうな、恐ろしいほどの美貌だった。


 紫の瞳には常人が持ちえないほどの力がこめられ、ただ壇上から見下ろしているだけだというのに、凄まじいほどの威圧を受ける。


 まるで天から遣わされた御使いとでも呼ぶべき圧倒的な存在に、側近たちは深く(こうべ)をたれる。


 あまりの美貌に惑わされるものが多いことから、ユリウスは常に銀の仮面をかぶり、その素顔を表に出すことはない。


 この場に控える側近たちだけが、許されているのだ。


「猊下、エルトリアの魔法学園への視察が許可されました」


 第一位の側近であるウォーデン枢機卿が、ユリウスに魔法学園の紋章が押された封筒を差し出す。


 壇上から下りながら、ユリウスはちらりとウォーデンの持つ封筒に視線を向け、鷹揚(おうよう)にうなずく。


「ロイドが言っていた聖女候補の娘も学園の寮にいるのだったね」


「はい」


「聖女となりうる器かどうか、この機会に見ておこう」


 ウォーデンを筆頭とした側近たちは、ユリウスがそばを通り過ぎる時、室内であるにも関わらず清浄な風が流れるのを感じる。


 触れられるほど近くに行かなければ分からないが、ユリウスの周りには常に清浄な空気が取り巻いていて、通り過ぎる一瞬だけ、風と共に感じられるのだ。


 そして聖なる気配に敏感な高位の聖職者であればあるほど、その清浄な空気に魅入られてしまう。


 だから聖職者たちはこぞって教皇の側近の地位を得ようと競った。


 だが不正な手段を使って側近になろうとしたものは、ユリウスに看過(かんか)されて遠ざけられた。


 それがまたユリウスの心の清廉さを表していて、聖職者たちは、ユリウスは本当に女神がこの世に遣わせてくれた御使いなのではないかと信じた。


 もしユリウスが女性であったならば、きっと女神の現身だとして祭り上げられていただろう。


「ではそのように手配いたします。ちょうどエレメンティアードの時期と重なりますが、御観覧なさいますか?」


「エレメンティアードは学生たちが学園での学びを発表する場だと聞いたけれど、部外者である私が行っても良いものだろうか」


「猊下が行きたいと思し召しであれば、何人たりともそれを止めることなどできません」


 きっぱりと言い切るウォーデン枢機卿に、他のものたちも同意する。


「そう……。ではその手配を」


「かしこまりました」


 うやうやしく頭を下げるウォーデンではなく、末席に控える側近の一人が、音もなく聖堂から出て手配をしに行った。


「せっかくだからロイドも連れていこうか」


「ですが停学中ではありませんか?」


 少しいらだったようにウォーデンが言うと、ユリウスは「そうだね」と少しだけ首を傾げる。


 側近たちはユリウスの甥という立場でありながら、停学という不名誉な処分を受けたロイドに対して良い感情を持っていない。


 至高の存在であるユリウスの威光を高めるどころか、貶めしているからだ。


 だが心優しいユリウスは、不肖の甥でも見捨てるどころか同情さえしている様子だ。


 それが側近たちに、更にいらだたしさを感じさせていた。


「でもあの子が見つけたという聖女候補と会うならば、同席したほうがいいのではないかな」


 それに……、とユリウスは心の中で付け加える。


 ロイドからもたらされた『霧の聖女』の情報は、ユリウスに衝撃をもたらした。


 王家に秘匿されていたという『霧の聖女』。


 禁術を使い、何度も生を繰り返してきたユリウスですら知らない『聖女』の存在は、もしかしたら千年の間ずっと追い求めていた『真の聖女』への手掛かりとなるかもしれないと期待した。


 だが、エルトリア王家が秘匿していたということもあって、なんの情報も得られていない。


 エルトリアの王太后であれば知っているかと思って問い合わせたが、他国の出身だからか何も知らなかった。


 ロイドに調べさせてはいるが、こちらも思ったようには進まない。


 だがロイドを連れていけば、部外者であるユリウスが行ける場所も増えるだろう。


 聖女候補の出現と、霧の聖女の顕現。


 その二つが同時に現れたということに、ユリウスは女神の配剤を感じた。


 きっと、あの学園で何かを得られる。


 そんな予感にユリウスの唇の端が少しだけ上がるのを、側近たちは陶酔したような目で見つめていた。



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『前世聖女は手を抜きたい よきよき』
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