132話 ノームの名前
フィルの予想通り、満腹になったノームは魔石から出てきて、きょろきょろと辺りを見回していた。
その頃にはもう授業が終わって部屋に戻っていたので、ノームが逃げ出す心配はない。
部屋に控えている侍女のアンナには原始の精霊であるノームの姿は見えていない。
だがレナリアがノームに首輪をつけようと、大騒ぎしながら追いかけているのを見れば、アンナには見えていないノームが、ウサギの姿でピョンピョンと自由気ままに跳ね回ってレナリアから逃げている姿が想像できる。
残念ながら、ノームには逃げられているようだが。
というか、レナリアの追いかけ方を見ていると、ちょっと捕まえるのは難しいのではないかとアンナは思う。
パタパタと走っていってその場でかがむのだが、捕まえようとした手は宙を切る。
慌てて見回すレナリアが次に向かうのは、かなり離れた場所だ。
それを何回も繰り返している。
ということは、ノームの素早さに、レナリアが対応できていないということなのだろう。
レナリアの守護精霊であるエアリアルとサラマンダーも一緒に追いかけているはずだが、未だに捕まっていない。
つまり、普通に追いかけても捕まらないということだ。
「ウサギにも名前をつけてみてはいかがですか?」
「……自分の名前だって分かるかしら?」
「動物でも、名前をつけて可愛がっていれば、自分の名前だと認識するようになるそうですよ。お嬢さまの守護精霊も名前をおつけになって仲良くなられたのでしょう? でしたら同じように名前をつけてみると良いのではないでしょうか」
アンナの提案に、レナリアもそれは良い考えだと思った。
だがフィルとチャムが猛反対する。
「ノームなんて仲良くしなくていいよ!」
「レナリアにはもうフィルとチャムがいるのー」
「でも私のせいで生まれてきたのだし……」
「勝手に吸い取ったんだろ。そんなのレナリアの責任じゃないよ」
「そーそー」
フィルとチャムもノームの捕獲を手伝ってくれてはいるが、あまり乗り気ではない。
レナリアのそばに新たな精霊が増えるのを嫌がっているのだ。
どうしたらいいだろうと考えたレナリアは、フィルがチャムを認めた時のことを思い出す。
あの時は、チャムをフィルの子分にするという名目で納得した。
今回も似たような形で説得できないだろうか。
「フィルたちからしたら、原始のノームは動物に近いんでしょう?」
「そうだね」
「そー」
「だったら会話もできないのだし、ペットと同じような感覚で接すればいいんじゃないかしら」
「……ペット?」
「ぺっとー?」
首を傾げるフィルとチャムの姿を微笑ましく思いながら、レナリアは言葉を続ける。
「ええ。ほら、ラシェにも名前をつけてあげたでしょう。あれと同じよ」
レナリアは自分のリッグルに「ラシェ」という名前をつけて可愛がっている。
ラシェもちゃんとそれが自分の名前だと理解しているようで、レナリアが名前を呼ぶと近くに寄ってくる。
「ラシェとは会話ができないけど、それでも仲良くすることはできるわ。ノームも、ラシェと一緒だって考えればいいんじゃない?」
「ラシェと一緒……?」
「いっしょー?」
「だから……そうね。名前もラシェに似せて、ラヴィなんてどう? ラシェとお揃いみたいだわ」
フィルとチャムは、顔を見合わせる。
ラシェと同じ扱いならいいかもしれない、と、精霊たちは渋々頷いた。
「決まりね。ノームさん、あなたの名前はラヴィよ。気に入ってもらえるかしら」
レナリアがしゃがんで、ノームを迎えるように両手を広げる。
小さなウサギは、二本足で立ったまま耳をピンと立てて、鼻をひくひくとさせている。その視線はずっとレナリアに向いたままだ。
やがてぴょんぴょんと小さなウサギがレナリアの元へやってくる。
そしてレナリアの手にあごをこすりつけた。
「あなたの名前はラヴィよ。私の名前はレナリア。こっちはエアリアルのフィルとサラマンダーのチャム。そしてあっちにいるのが、私の侍女のアンナと護衛のクラウスよ。よろしくね」
「きゅっ」
承諾したとでもいうように、ノームのラヴィが小さく鳴いた。
もしも「続きが気になる」「面白かった」などと思って頂けましたら、
広告下の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして応援いただけると嬉しいです。
どうぞよろしくお願いします!