129話 兄と王子と王太子と
レナリアがアーサーたちと食事を一緒に摂るのは週に二回だけだが、実はアーサーはほぼ毎日王族二人と一緒に食事をしている。
別にアーサーがレオナルドととても仲良しだからというわけではない。
レナリアが色々とやらかしているので、その報告を兼ねているのだ。
「それで、今日の話題は?」
レオナルドが意味ありげにアーサーを見る。
侍従たちを下がらせてくれと頼まれた時は、大抵とんでもない報告が待っているのだ。
だからレオナルドは、何を聞かされるのかと、食事が始まる前からわくわくしていた。
「精霊の謎が一部解明しました」
「それは凄いな」
食事をしながらの報告も、もう何度目になるだろうかとアーサーは心の中でため息をつく。
レオナルドとはそれなりに仲が良かったが、こんなに毎日一緒にいるハメになるとは思っていなかった。
だが大切な妹を守るためには仕方がない。
アーサーの妹のレナリアには、前世の記憶がある。
およそ千年前のその世界で、レナリアは聖女として生きていたらしい。
その時代の魔力は自分の命を削って使うもので、前世のレナリアは恋敵を救うために命を使い果たしたのだという。
その話を聞いた時、なんともレナリアらしいと思ったものだ。
時折子供らしいわがままを言うことはあったものの、レナリアは小さな頃からとても心の優しい少女だった。
以前、庭を散歩していて鳥の巣から落ちた雛を見つけ、すぐに駆け寄って雛を拾い上げたことがあった。
まだ羽の生えそろっていない雛で、親鳥も見当たらないことから屋敷に連れ帰ったのだが、鳥に詳しい召使いに、きっとそれは巣立ち前の雛で、飛ぶ練習をするために親鳥が近くで見守っていますよと言われて、急いで元の場所に返しにいった。
だが親鳥は一向に戻ってこない。
警戒心の強い鳥だったので、人間の匂いのついた雛には近寄らなかったのだろう。
このままでは餌をもらえずに死んでしまうということで、屋敷で飼うことにしたのだが、レナリアはずっと「お母さんと離れ離れにしてしまってごめんなさい」と泣いていた。
母のエリザベスに「それならば親鳥の分も、レナリアが愛してあげなさい」と言われて、一生懸命世話をしていた。
今はもうとっくに巣立っていて、たまに妻や子供らしき鳥と一緒に姿を見せることがあるが、相変わらずレナリアになついているようだった。
そんなレナリアが聖女だったのだと聞いて、両親もアーサーも、なるほど、と思ったものだ。
だがレナリアは、聖女だと知られたくはないらしい。
確かに前世のような経験をしていては無理もないだろう。
幸い守護精霊はエアリアルなので、レナリアが聖女であることは、家族とごく一部の使用人たちだけが知ることとなった。
そのエアリアルがまた規格外の存在だった。
エアリアルは、本来人の目には見えない精霊だと思われていた。
だがレナリアが「フィル」と名づけたエアリアルは、レナリアだけではなく、レナリアと血のつながりが濃い家族にも、その姿が見える。
どうやらフィルというエアリアルはとても力が強い精霊だから、姿を現すことができるようだった。
そしてそんなフィルを守護精霊とするレナリアの魔力も膨大らしい。
入学してすぐのオリエンテーリングでは、なんと死んだ人間まで生き返らせてしまったのだという。
……もしもそんなことが教会に知れてしまったら、レナリアは聖女……いや、女神の降臨とでも呼ばれて祭り上げられ、教会の奥深くに隠されてしまうだろう。
そんなことにはさせまいと、シェリダン侯爵家の力をすべて発揮してレナリアを守っているのだが、そのレナリア本人が無自覚に色々ととんでもないことを引き起こしているのが現状だ。
さすがに最近はシェリダン侯爵家の力を使うアーサーでも、隠ぺいが厳しくなってきた。
そこでアーサーは、思い切って王太子のレオナルドと、その弟でレナリアと同じクラスに在籍しているセシル王子を巻きこんだのだ。
「まったく、お前の妹は本当におもしろいな」
アーサーがレナリアから聞いた原始の精霊の話を伝えると、レオナルドは前菜の温野菜をつつきながら愉快そうに笑った。
「なあ、アーサー。レナリアを王室にくれないか?」
「妹はものではありません」
「もちろん分かっているさ。だが王室で保護すると考えればどうだ?」
「何を寝ぼけたことを言っているんでしょうね。母ですら未だ王宮には危なくて足を踏み入れられないというのに、妹など格好の餌食ではないですか」
王宮にはシェリダン侯爵家を、というよりも、シェリダン侯爵夫人のエリザベスとその血を引く子供たちを憎んでいる王太后がいる。
実はエリザベスは王宮で何度も殺されそうになっている。
そんな危険な場所に、大切な妹を連れていけるわけがない。
「ふむ。残念だ。気が変わったらいつでも言ってくれ」
「一生変わりません」
即答で返事をしたアーサーは、いつものレオナルドの戯言だと思って相手にしなかった。
「仕方がない。しばらくは見守るか。セシルも、今後は今以上にレナリアの安全に配慮するんだぞ。クラスの女どもも、ちゃんと統制しておけ」
レナリアが特別クラスで嫌がらせを受けたことは、既にレオナルドたちにも報告がいっている。
セシルも、もちろんこのまま彼女たちを放置しておくつもりはなかった。
既に侍従のトマス・メルヴィンに命じて、ロウィーナたちには注意をしている。
これでしばらくは大人しくしているだろう。
「承知しました、兄上」
そう言ってセシルはレオナルドに軽く頭を下げる。
「とりあえずは、レナリアがうまくノームを捕まえるのを待つとするか」
「そうですね」
「はい」
レオナルドの言葉に、アーサーとセシルが頷く。
こうして彼らは毎日、レナリアが楽しく学園生活を送れるように、心を砕いているのであった。
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